GABRIELLE BONHEUR CHANEL
ガブリエル・ボヌール・シャネル。
言わずと知れた、女性ファッションブランドの頂点に立つ、 偉大なファッションデザイナー。
ココ・シャネルの「ココ」は愛称で、子供の頃にko ko ri ko(コケコッコウ)と鳴くニワトリをよく真似していた事や、酒場で歌っていた歌から付けた等、諸説あるらしい。
彼女が、後の(現代の)女性に対して与えた影響力は絶大で、ファッションのみならず、男社会での女性の社会進出にも多大な影響を与えている!
当時は女性の社会進出は珍しく、ココ程成功した女性はいないくらいだった。
男並の野心の持ち主で、自分の考え方には常にストイックであった。映画でも「働くの!?」と、知り合い達から苦笑される場面が多く見られる。この時点で、もはや周りの女性とは一線を画す人物だったようだ。
彼女は、退屈しのぎで帽子のデザインから始めて、エミリエンヌという舞台女優に見初められる。デザインは、どれもシンプルで機能性に優れたモノが多かった。
彼女がスタイルとして提案したものは、「盛り飾ったハットからシンプルなハットへの移行」「見えるエロスから見えないエロスの着こなし」「スカートからパンツへの移行」「ロングヘアからショートヘアへの移行」「黒色の服の常用化」「ボーダーデザインの取り込み」「コルセットからシャネルスーツへの移行」等、現代女性のスタイルの基礎を築いた!!!!!
宝石についても模造宝石を発表後、すぐにダイヤモンドジュエリーを発表、「ダイヤモンドは、カラットが重要では無く、着ている服に合わせるのが重要なの。」と提案。
黒色の服とは喪服を指しており、当時は葬式以外では着なかった。これを普段着にアレンジしたり、社交場で真っ黒のドレスで出たりしていた。黒色は、もはやシックにキメる定番色ですよね。
ハットは、エミリエンヌにシンプルさを提案したところ、気に入って貰った事からシンプルなハットが定番と成り始める。
パンツ、ヘア、スーツ等の移行は、シャネルが当時のファッションや機能性が、好きになれなかった事が影響している。
エロスに関しては映画の中で、「見えない方が男共は想像する。」と言う、ココの男的な考え方も描かれている。(と言うより、もう考え方が男だよね。)
古いスタイルをあっさりと切り捨て、新しい流行を生み出す為、業界では「暗黒の天使」という異名まで付いた。
あと、ファッションモデルは何故、痩せている人ばかりなのかと言うと、ココが元々痩せた体型だった為で、ココ自身がモデルとして着ていたら、周囲から「モデルは痩せている方が美しい。」という固定概念が、そのまま今日まで到ったという。
戦前、コレクション発表会前の苛烈な作業から、従業員がストを敢行し、一部の店舗以外は全て閉鎖してしまう。その間、第二次世界大戦が勃発。当時、シャネルはナチス親衛隊の少将と愛人関係となり、戦後「売国奴」として猛烈なバッシングを受け、スイスに亡命して約15年もの間、身を潜めていた。(2010年に発表された著作には、ナチスと積極的に行動したり、反ユダヤ主義者だったとも書かれている。)そのような噂が、薄まるのを見計らって営業を再開。当時、シャネルはウーマンリブによって、女性の社会進出が目覚ましかったアメリカで熱狂的に支持された!1971年、パリのコレクション発表会の準備中に亡くなる。フランスの高級墓地に埋葬しようとしたが、過去の行いが祟り拒否され、お墓はパリではなくスイスに埋葬されている。恋多き人物だったが、恋人の交通事故死や急死等に見舞われ、生涯孤独で死ぬ間際まで働き続けた。後任は、彼女の意思を受け継ぎ、現代の空気を取り入れながら、現在もヘッドデザイナーとして、カール・ラガーフェルドが担っている。
正に、現代社会で働く女性のお手本といった方ですよね!男社会の中に女性の居場所を作った偉人!男でもなかなか出来るものじゃ無いですよ、これは!彼女の存在自体が女性スタイルの最先端ですよ!
ブランドを買いあさる馬鹿共は、ちゃんと分かって買ってるのか?
そのブランドが提案するスタイルを取り込まなければ、買う意味は無いよ。大して使わないブランドのバッグを死ぬほど持っているヤツとか、ただの馬鹿としか思わねぇしな!金持ちのステータスとか言ってるヤツも下品だ!
兎に角、現代女性はココに感謝して生きなさいよ!そして、女性の権利を更に増やす為にも、各方面で奮闘して欲しいものです!
tiens bon
