世界の幸福度ランキングでは日本人の幸福感は最下位らしいですね。
 
世界第3位の経済大国のはずですが、なんとも不思議な結果となっております。
 
多くの発展途上国の人々からすれば私たちの生活環境はとても恵まれたものに映るでしょう。
 
しかし、私たち日本人はあれこれ不満を言ったり、将来の不安に苛まれたりとなかなか心穏やかに
 
過ごせなくなっています。
 
「幸せですか?」
 
というシンプルな問いに
 
「はい、幸せです」
 
と、すぐに言えないのも日本人ならわかりますよね。
 
私たちの社会では生まれた時から競争にさらされ、そこでは人より「強い」とか「綺麗」、「上手い」、
 
「成績がいい」など様々な勝敗の要素をたたき込まれます。
 
それら要素は無条件に正しい、と大人から教わるので何の疑問もなく競争し始める・・・。走る人
 
そーゆー価値観のなかで育つと人の幸せとは、「他人より秀でること」ということになります。
 
しかもちょっとくらい秀でているのでは幸せに思えないので、「圧倒的に強い」、「トップモデル級の美貌」、
 
「年収数億円!」というようなレベルを夢想し、それが幸せの領域、と思ってる。キラキラ
 
しかし、現実にはそのような勝者になれるのはごくわずかな人だけ、結果としてほとんどの人が
 
幸せじゃない。
 
誰もその価値観を疑わず、相も変わらず自己啓発に勤しみ、その飽くなき上昇志向で
 
日々自分を追い込んでいるのです。あせる
 
ですので、私たちの現在はその幸せというゴールまでの通過点に過ぎなくなってしまってる。
 
これでは日常の小さな幸せがたとえあったとしても気がつきませんよね。ブーケ1
 
毎日がず~~っと勝者で居続けなくてはならず、幸せに手が届くと思っていた所までがんばってきても
 
まるで砂漠の蜃気楼のように幸せはまた遠のいている・・・・、ホントきりがありません。
 
企業も同じでどんどん売って利益を上げて・・・、ってことだけどどこまでいけば成功で、幸せなのか・・・。
 
私たちは何にせかされて、こうも息苦しく果てしない人生のレースに参加しているんでしょうか。
 
資本主義という価値観に支配されてしまうと、もはや休むことは許されず、つねに勝ち続け、走り続け
 
なければなりません。
 
それで本当に幸せでしょうか?
 
「他人より秀でる」
 
「ライバル企業に勝つ」
 
ために私たちは生まれてきたのでしょうか?
 
そのような相対的な立場から生まれる優位性にどれほどの意味があるのでしょうか・・・。
 
これからも同じ価値観で生活していくならますます日本人の幸せは遠くなる、ように思います。汗
 
 
つづく