今日も寒いですね。しょぼん
 
北陸地方を中心に今日は広い地域で雪が降る、とのこと。雪
 
こちらは雪の降る気配は今のところありませんが・・・。
 
こんな日は家の中でじっとしている他はありません。
 
さて、私たち夫婦の今の関心事は、将来の国政を左右する選挙ではありません。
 
先日からもっぱら22日からの3連休をどこで過ごすか、ということに集中しています。
 
今からではどこのホテルや旅館も結構埋まっているのですが、何とか結構いいホテルを神戸で予約
 
できました。
 
あとはその周辺のイベントを効率よく計画するのみです。
 
ところで選挙戦もあと1週間。
 
候補者はもう必死です。あせる
 
駅前や大きな商業地域、公園前で街頭演説しているシーンをちらほら見ました。
 
言ってる内容はどの候補者もあまり代わり映えのしないもの。
 
「脱原発」「卒ナントカ」「○○反対」など既存テーマの否定ばかり。
 
世の中、反対・否定するほど簡単な行為はありません。
 
改革といってもその内容は現状をただ単に裏返しただけであったり、不要なものをただ排除するだけで
 
「改革」なんて大げさなものではないように感じます。爆弾
 
本気でこれからの日本を立て直すつもりなら、もっと創意工夫のある醸成されたスローガンを打ち出さなければ
 
なりません。
 
それにしても選挙活動ってなんでこんなにも旧態依然としたものなんだろう。
 
普段乗らない自転車にまたがり、作り笑顔で有権者にコビを売る。
 
有権者に握手してまわるが、候補者の視線は握手した人ではなくもう既に次の人に移っている。
 
効果があるのを確信しているのか、街宣カーを乗り回し能書きを垂れ流す。
 
仕事中でも構わず人のオフィスに入ってきて握手を求める。
 
握手するとその手は華奢で柔らかい。
 
「ああ、この人は自分の手で労働をしたことがないんだ」といつも思います。
 
街頭演説では、ひどい候補者は「助けてください!もう後がないんです!」なんて平気で言う。
 
・・・おかしいんじゃないの?
 
バカを通り越して痛々しさすら感じます。
 
それなら正直に
 
「私たちは能力はないけど、政治家として特権と名誉をずっともっていたいんです。
 
でないと何も取り柄がないから生活できないんです。お願いです、助けてください」
 
と言うべきなんです。
 
残念なのは20代30代の候補者でさえも、このような形骸化した選挙活動を真剣にやっていることです。
 
疑問に思わないのか、若い感覚で・・・。
 
 
あと、政治家は言葉が命ですがこれからの禁句は・・・
 
「きっちり」「ちゃんと」「しっかり」などの曖昧語。
 
「遺憾」なども全く意味不明。
 
「ただちに影響はない」なんていうのは論外。
 
正しい日本語で理路整然と国家観を述べよ。
 
 
あー、なんかすっきりした。
 
 
つづく