以前の職場で海外メーカーやお客さんとの打合せはほとんど英語でした。
 
相手がアメリカ人やイギリス人はもちろん、フランス人、ドイツ人であろうがクウェート人やサウジ人、インド人、
 
中国人でもとりあえず英語で商談。
 
わかりやすい英語もあれば何度も聞き返さないと理解できない英語もありました。
 
それでもさすが英語、世界の主要な国々の人々とコミュニケーションできるのですから便利なツールと
 
思いました。
 
外国人との打合せが終了した後、日本人だけが残って少し雑談するとき、その流れで英語のまま
 
日本人同士が話す状況もよくあり、途中で誰かが「日本語でOKですよね」なんてお互い笑ったものです。
 
また頻繁に英語を使っていると、その内容を日本人に日本語で伝えるのが「下手」になり、英単語を訳さず
 
そのまま口から日本語として話してしまいます。
 
ですので聞いてる方は
 
 「  」 
 
という表情を浮かべます。
 
文章を書いても先方の英語のニュアンスを示す適当な日本語が思い当たらず、カタカナでその部分を
 
英語で書いてしまったり・・・。あせる
 
後で読んでみると「なんじゃこりゃ~」という感じです。
 
これはもう10年程前のことなのですが、当時は中国の台頭もめざましかったこともあり社内でも
 
「これからは英語より中国語だ!」
 
という空気もありましたが、現在でも日本企業は外国語教育といえば主流は英語のようです。
 
というのもここ最近、グローバル企業を標榜する会社は軒並み英語教育を導入し、「社内公用語は
 
原則英語」とか「TOEIC・・・点以上を採用」など、海外との言語障壁を取り除く努力をしています。
 
英語を話せない、ということの企業の経済損失がどのくらいのものかは知りませんが、果たして
 
そこまで必須条件にする必要ってあるのかな~、なんてボ~と考えたりしてしまいます。ぐぅぐぅ
 
確かに話せないより話せる方がいいに決まってるし、先述のように「便利なツール」に違いありません。
 
ただ、ほとんど日本人の場面で「公用語」と称し、英語で話すなんてどうかと・・・。
 
TOEICの点数が高いだけで、非常識な、主体性のない輩が果たしてどれほど会社に貢献できるか・・・。
 
もちろんTOEICだけで人選はしないと思いますが・・・。
 
世界に冠たるメーカーを育んだ土壌は日本人気質に負うところが大だったと思います。
 
日本人らしいきめ細かい配慮や工夫がその商品にいかんなく発揮された結果、世界に認められ、
 
その商売の手段として英語を用いた営業活動があったわけで、裏を返せば商品企画力や技術力が
 
第一義であります。
 
英語、というのはその企業の「脇を固めるツール」に過ぎないと思いますがいかがでしょうか。
 
今のこの英語重視の風潮、私にはどうも違和感があります。
 
というのも、その企業で働く日本人従業員のためではなく何か外部の圧力によって推し進められて
 
いるように見えるからです。
 
ここ最近でも家電メーカーを中心に大幅な経営戦略の転換を迫られ、パナソニックは三洋電機の家電
 
事業を中国ハイアールに売却、NECもPC事業を中国レノボと提携、シャープはこの度台湾企業から
 
1300億円の資本受入を表明。NEW
 
他にも外資とのM&Aは数知れず、私たちが日本企業として認識している企業で従来通りのオリジナル
 
の体制で存続している企業は急激に減少してきています。
 
このような状況下において、公用語が英語。
 
なにか「外国人の、日本人による、外国人のため」の英語教育のような気がしてなりません。
 
M&Aによって買収した日本企業を統括する外国人にとってこれほど便利なことはありませんね。
 
まあこのようなボーダレスな状況にすることが企業として成長するに不可欠と言われれば、まあそうなの
 
ですが、グローバリズムが浸透するということは従来の日本的価値観やあ・うんの呼吸なども否定
 
される覚悟が必要ですね。
 
押し寄せる「アルファベットの行軍」に踏み潰されないようにしないと・・・。あせる
 
 
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つづく