実家に寄ったとき、TVがつけてあったので見ていると、河村たかし名古屋市長が減税措置を講じて
なにやら企業を勧誘していた。
減税の中身については詳しく知りませんが、東京一極集中より名古屋で!と鼻息荒いようです。
この河村市長、以前から行政・地方自治にたずさわる公務員に対し、「民間企業ならもっと厳しい」とか
「民間ならとっくにつぶれてる」など何かと民間を引き合いに出してきます。
もともとこの人の実家は事業をしているらしいのでこのような言い回しになるのかもしれませんが、
このところ多くの政治家が「民間なら・・」を連発して久しい。
そんなに何でもかんでも民間ってすばらしい?
「民間」の私にすれば、政治家が「民間」を連発するのは自分の主義主張をとおすツールとしての
方便のように感じてしまいます。
戦後、焼け野原の日本を引っ張ってきたのは当の日本人ですが、そのなかで使命感に燃える
官僚や役人の人達の貢献は大きかったと思います。
当時まだできたばかりの民間企業などは右も左もわからず、行政の指導に頼ることが多かったでしょう。
通産省発足により企業に体力がつき、競争力を強化、海外輸出も飛躍的に伸びましたが、これらは
やはりそれら指導する側に明確な国家観があったからではないでしょうか。
しかし、やがて世界第2位の経済大国となり、バブルを迎えた頃から一気に変容したように思います。
その頃から行政の怠慢、前例踏襲主義(まあ、これは昔からでしょうが)が目立ち、そして何より
将来の日本像が描けなくなってしまった。
そんななかで意識改革として民間企業にならう、というのも一つの手段かもしれませんが、そんな民間
も世界で競争力を失いつつあります。
先日の私のブログにも書きましたが、日本の企業の約70%以上がここ数年ずっと赤字、という事実。
ですのでひとくくりに「民間に学べ!」とは言えない状況です。
つまり民間のように「自立し、適材適所に人材配置し、技術の研鑽に励み、コスト意識を持ち、競争原理
のもと、日々活動する」というのは社会人としてもはや当たり前であり、それだけで競争に勝てたりする
ことはありません。
そのようなものを今さら「見習う」というのも行政を改革する心構えとしてはあまりに幼稚すぎます。
ますます混沌とする世界のなかで主要国として今後も存在感(既に無い、という感も)を示すためには
戦後かつての公務員の方々が持っていた崇高なる国家観を早急に醸成すべきです。

とりあえずこの人達には人並みに仕事してもらうことが急務ですが・・・。
つづく