静岡の天竜川の事故でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りいたします。
 
原因の究明と、それに基づいた効果的な対策が待たれるところです。
 
 
ところで、
 
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これは、とある公園前での写真です。柵の横にちょっとした側溝があります。
 
自転車が真ん中ですが、見ていただきたいのは実は防護柵です。
 
よくある光景なのですが、この防護柵、側溝にそってず~と永遠に設置され、結果として公園内には正門の他、数箇所からしか入れません。
 
設置の理由は、側溝へのあやまった落下を防ぐため、だそうです。シラー
 
この防護柵の総延長は相当あります。
 
結果として、折角の景観を損ね、また公園としての開放感が無いように感じます。
 
もちろん、防護柵の効果はあるでしょう。
 
でも、これってあまりに過干渉ではないでしょうか。
 
そもそも自分の身を守るのは本能であり、子供には危険について教育するのが親のつとめ。
 
場当たり的な安全対策では、それこそ人間の生活圏すべてに対処せねばならず、莫大な経費がかかります。
 
また我々も自分の安全ですら行政にまかせ、事が起きると当然のように責任を求める。
 
先ほど「過干渉」と書きましたが、実はこれほど人間味のないものもありません。
 
行政は必要と思われる対策を施している以上、想定外の事故については何ら責任を問われません。
 
つまり、現在の日本では行政も、そこに住まう人々も責任の所在についてのみお互いに関心があるような気がしてなりません。
 
戦後、長い間日本は、経済活動はともかく国家の舵取りを実質アメリカに支配され、上から与えられた規定路線にしたがって生活する、という異常さに国民はあまりに順応してしまったように思います。
 
結果として自分で考えず、行政の指導をよりどころとする。行政側もクレームが無いことを第一義とする。
 
・・・・・。
 
各地でいたましい事件、事故がおこっています。
 
再発防止のため、各省庁がおそらく対策のための規制をすると思いますが、場当たり的な対策は現場に相当の苦労を強いる割に効果は少ないと思います。
 
関係部署の責任が限りなく100%になるようにすることが主眼の規制が多いですから・・・。
 
我々はもっと自分を取り巻く世の中について、よく考え、行動し、次世代への画一的でない、自ら学び啓発することができる教育をしていきたいものです。
 
つづく