カバー曲ブームですね。
昔だったらレコード会社間のライバル意識が激しくて、
他社アーティストの曲をカバーするなんて手間暇掛かってお金も掛かって
かなりハードル高かい話だったと聞いていましたが、
最近はそのハードルが低くなってレコード会社間での協力関係も出来て来たりで、
誰でも簡単にカバーしますね。
名曲コンテンツを簡単に入手出来るから販売社側はやりたがる。
元の版権もってる側も寝かしておくよりか稼がせてくれるんならどうぞと許可する。
ビジネスとしてはいい商売ですね。
でも、それってどうなんだろうと思う。

R35なんかのヒット曲再編集もの。
これはまあ昔からあったけどレーベル間の垣根も無くなってより自由に編集出来てる。
これはまぁ。昔を懐かしむ人には良いんでしょうし。
昔の曲をあるテーマ性に沿って再編集。
今でも入手出来るようになってると言う意味では良いと思うんです。
「妻をもういちど口説きませんか?」なんて
消費者意識を喚起させるいいコピーだと思うし。

徳永英明のカバー集が受けるっていうのも分からなくはない。
その中の何曲かはホントに良いと思えるカバーがあるんだろうし....
最初はたいしたプロモーションもなくホントに良いから口コミで売れた。
でも3作目って....作り過ぎじゃねぇ?
1作目は本人の意思でやってたかもしれないけど。
3作目となると売れるからって周りから作らされてる感じが見えてくる。

腹立つのが、たいした思い入れもないのに売れそうだからって、
マーケティング優先で作られてる感じが見え見えのCD。
高松に住んでて良く遭遇するのが、ヴィレッジバンガードのCDコーナーで
昨年くらいからよくかかってるボサ風コンピュレーション。
名曲を違った角度からアレンジしてカフェや雑貨屋でBGM的に利用してもらおう....
オシャレな若い子たちはきっと買うだろう.....って狙いが見え見えで、
唄い手の思い入れも、アレンジの必然性も感じられない。
頭の良いマーケッターと、技術はあるミュージシャンが
ビジネスで作ったって感じてしまいます。

カバーをするからにはその曲を何故カバーするのか?
単に好きとか、流行ってたからとか、受けそうとかじゃなくて、
曲の違った良さを引き出せるとか、全く違った解釈で演奏されるとか、
元よりコッチの方がカッコイイだろ!
と言えるくらいの何かが求められると思うのですがどうなんでしょう?
カバーって言うよりコピーしてるだけの作品が多すぎやしないかと。

古いところでは、バナナラマの『ビーナス』はカバーの方がよく知られる程ヒットしたし、
RCサクセションの『COVERS』や『コブラの悩み』とかは今聞いても凄いと思える。
マーカスミラーの『カムトゥゲザー』や
金沢明子の『イエロー・サブマリン音頭』にはそんな解釈の仕方があったかとビックリしたし
日産セレナCMでキテレツ大百科の『はじめてのチュウ』をガガガSPが英語詩でカバーしたのも素晴らしい。
最近のオシャレ系でも土岐麻子の『STANDARDS』なんかは良くできてると思う(ちょっと続け過ぎだけど)。
大槻ケンヂが小沢健二の『天使たちのシーン』をカバーしたり
細野晴臣の『風をあつめて』を矢野顕子やReyona、をはじめ様々はアーティストがカバーするのは
それだけ曲に対する思い入れがあるからだろうと思う。

しっかりコアを持ったアーティストが、
ちゃんとやりたい事があってカバーする分にはいいんですけど。
売れそうだからってカバーするのはもうヤメにして欲しい。
どっかのラジオで聞いたんですけど。
福山雅治の『桜坂』はそんなに古い曲でもないのにもう6~7回カバーされてると。。。
いい曲だとは思うけど。何だよ? と思う。

みなさんどう思ってます?