スペイン移住日記

スペイン移住日記

スペインに移住した経験を簡単にかきます。

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Can Roca エル・セラー・デ・カン・ロカ レストランはバルセロナから1時間ほど北上したGironaとい美しい町にあります。Gironaはフランスの国境の地域ということもありフランスから多くのグルメな人が訪れるといいます。このレストランは今では世界中に有名で世界のレストランランキングに2013年は二位になりました。予約を取るには一年前からの予約が必要です。

レストランは長男Joan Roca(シェフ長)、次男Josep Roca(ソムリエ長)、三男Jordi Roca(パテシェ長)の3人の兄弟で経営されています。小さい頃からレストラン経営者兼シェフである両親の元で育ち今ではミシュラン3つ星の世界第二位のレストランに名を馳せました。建物はレストランというよりも近代美術館のような作りです。


ランチ、ディナーコースと共にカタルニア料理の伝統的な料理と新しいモダン料理の二種類のメニューが用意されています。モダン料理のFestival Menuというのが人気で季節によってメニューの内容も変わります。ワインは経営者の一人のソムリエ長が選んでくれます。






首都はマドリッド市で人口350万人ほど(2014年)、二番目に大きい都市はバルセロナ市160万人(2014年)。 スペイン全体の人口は日本の3分の1の4800万人EU内第5位の人口模でしかし、国土は日本の3倍。まだリゾ開発をしている所もあり、々としています。スペインは17の自治州があり、それぞれの地方自治州で法が定められており地方によって独自の文化を形成しいる

はなんとスペイン、カタルニア州で主に使われるカタラン、北スペインバスク地方のバスク、ポルトガルに近いガリシアで主に使われるガリシア4カ ありますが、スペインはすべての国民が理解できます。

また英
も学校では第二外国が40年ほど前はフランスだったのですが、小学校から英 入され、都市の若者は英でのコミュニケションが可能。
今年のバルセロナ市は暑い!11月なのに毎日23度以上あり半袖でも歩ける。本当に冬がくるのかと思う。海で寝ている人もいた。本当に気候が良くて住みやすい街だ。

スペインといってもここバルセロナ市はピレネオ山脈の近くにあって1月から3月はスキーもできる場所に来るまで2、3時間で行ける!

●ピレネオ山脈近くのスキー場 例

Baqueira Beret

La Molina(家族に人気)

Vall de Nuria(家族に人気)

Masella

Boí Taüll

Espot Esqui

ワールドカップの結果はさておき、試合観戦後に旅行で立ち寄ったスペインでの滞在が
今後のぼくの人生を変えるとはそのときは思ってもみなかった。

スペインでは、まずはバルセロナに滞在した。フランスであまり英語が通じなかったこともあって、スペインでも同じようだったがもうそれなりに慣れていた。ガイドブックを片手に片言で話し、いろんな場面を乗り切っていたのだ。そんな中、バルセロナでは面白いようにみんなが親切にしてくれたのを覚えている。人懐っこい人が多く、こっちが言葉を理解していないのにも関わらず話続けてきたり、探している場所まで連れて行ってくれたりといろいろ助けてもらった。

特に良かったのがバルで出会った人たちだ。バルセロナのサッカーチーム、バルサの試合の日にはみんながバルに集まり、一丸となって応援するのだ。ここでも言葉の壁なんてなく、ビールをおごってもらったり一緒に騒いだのはとても印象強く、国を超えてバルサつながりでこうやって仲間になれたのは感動ものだった。

そこで英語の話せる現地の人と友達になれたのは、その後のスペイン移住に大きく影響した。
日本に帰ってからもしばらくはメールのやり取りを続け、バルセロナでの滞在の余韻を楽しんでいた。

海が街の目の前にあり、ビーチを散歩をしたり、美味しい地元料理を堪能したり、特にワインは思う存分飲んできた。その楽しかった思い出を忘れられずに時は経っていった。
希望の営業職に配属されないまま5年すぎてしまい、バブル時期に入った同期は希望の部署に行ったり転職組まででてきた。自分は技術職には向かないはずなのになぜ配属希望を聞いてくれないのだろうと思った事が多かった。チームでの仕事のため土日に呼び出されたり、有給休暇もほぼ消化しないまま働き続けていた。

唯一週末に近くのサッカークラブに入ってサッカーをしていたのだが、やはり土曜日の会社の呼び出しが多く自分の時間なんてほぼ無かった事を覚えている。

サッカーは小学校の頃から続けていたので息抜きにはよかったが何しろいつも時間がない!時間に追われてでも会社は楽しかったし何となく時が過ぎていったようでした。

1998年に突然サッカーチームの友人がヨーロッパにワールドカップのサッカーの試合を見に行こうと誘われた。その年はフランスが開催地で世界大会が開催されていたのだ。

会社の製品の納期期日があり忙しい時期だったか早めの夏休みをとってサッカー観戦とフランス、スペインの旅行を計画したのだった。
僕はある地方に生まれ、地方で育ち大学の時に東京に出ました。その当時、東京はなんて広くて都会でなんて素直にびっくりしていた頃を思い出しました。特にバブル時期だった事もありバイトをしてお金を貯めて海外旅行にいこうと思っていました。

その頃はいろんなところへ行きました。タイにベトナム、中国、マレーシア、シンガポール、アメリカ、オーストラリア、インド・・・1人でも友人とでも旅行に出かけてはバイトしての繰り返し。

そんな4年間はあっという間にすぎていざ某メーカーに就職が決まったのは良かったのですが、
文系の出身なのに、 半導体の技術職として配属されてしまったのです。あこがれの海外営業職にはほど遠いけど最初は修行だと思って我慢しようと頑張っていた時代がありました。
このブログは僕がスペインに移住するまでのきっかけとその後の生活について簡単に紹介したいと思います。これからヨーロッパに移住を考えている人たちへの参考になればと思います!