目覚ましテレビを見てたら…

Z世代は「8時10分前に来て」と言うと、8時7分に来るらしい。という内容だった。


それを聞いて、なんだか不思議な感覚になった。

え? それって“10分前”じゃないじゃん。

いや、でも……もしかして、それは言われた通りを守った結果なんじゃないか?


例えば昭和世代なら

「10分前に来い」と言われたら、15分前に来るのが“信頼の証”。相手より早く着いて、気持ちを整えて、空間を整えて、「私はあなたとの約束を重んじています」という、黙って示す誠意。


でもZ世代は、7時50分ぴったり、あるいは7時47分くらいに来るのはZだし。。で、


しかし、8時7分くらいに来るは

超Zじゃないの?と、

びびってみた



彼らにとっては、むしろ「早すぎる到着」は、相手に気を遣わせる迷惑かもしれない。

「10分前に来てね」と言われたから、10分の前に来る。ただそれだけ。


これは「文脈を読めない」のではなく、

“言葉をそのまま信じる”ことを選んでいるという可能性がある。しかも、それが彼らの中では誠実な愛のかたちなのかもしれない。


私たちが“阿吽の呼吸”や“空気を読む”といった感覚を育ててきたのに対し、彼らは言葉通りを信じることに、自分の在り方を一致させているようにも見える。


そう──ここでふと、こんな考えが浮かぶ。


Z世代は、生まれながらに魂の一致をしているのではないか?


私たちが、自己探求や内なる旅を経てようやく辿り着くような、「自分を偽らずに生きる」こと、「意識と行動が一致する」ことを、彼らは、初期設定として持っているようにさえ思えるのだ。


だからこそ、「10分前に来て」と言われれば、

そのまま「10分の前に来る=7分とかで良くね?」ってことが、彼らの魂にとってズレのない行動。


そこに“もっと早く”という裏の意味や配慮の空気を読み込むことは、彼らにとってはズレた行為になるのかもしれない。


これは、冷たさや機械的な効率ではなく、


むしろ「私は私の感覚と一致して動いている」という自己信頼の強さ。


彼らがAIと似ているように

見えるのは、魂が純度高く、

“論理と感覚のズレがないまま地上にいる”からかもしれない。


私たちが時間に“前後の余白”や“気持ちの滲み”を込めるように、Z世代は“言葉の正確さ”に、誠意と存在の美しさを宿している。


彼らの行動の“きっちり感”は、ただの合理性ではなく、ズレたくないという魂の精度かもしれない。


Z世代──それは、魂の一致とこの世界の時間軸との接点を、すでに当たり前に生き始めた存在たちなのかもしれない。

私たちが“魂と一致すること”を人生で学んできたなら、彼らは“魂と一致した状態”から、どうこの世界でズレずに生きるかを試されているのかもしれない。


そして、どちらが上でも下でもない。

私たちが忘れてきた純粋性を、彼らは携えている。

彼らがまだ知らない揺らぎの美しさを、私たちは伝えていける。


「10分前に来て」の8時7分に来たよ^_^中に、

宇宙的な一致の叡智が潜んでいたなんて?──

世代間ギャップを丁寧に見るのはおもしろい。


そして気づけば、私が「あれ?」と違和感を覚えた瞬間こそ、彼らが私の魂を、もう一度“私”へとやさしく戻してくれる合図だったのだ。

このズレも全部含めて、彼らと一緒に生きていくとき、魂にやさしい風が吹き、忘れていた響きと答えを、ふと運んできてくれる。



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