さて、私のブログで一緒にスピりっちゃる探訪を
してくださっているありがたい読者の皆さま
特に50代〜の方、何活してますか?
推し活、腸活、ぬい活?、温活、ヨガ活、酒活、山活…えぇ、活をつければ全てですね^_^
私はというと、たぶん終活をしているんだと
思います。
いつ死んでも良いように!というよりは
肉体の死からは形は変われど、まだまた魂の旅は生きつづけるので、終活というネーミングのイメージよりは、生きる気は満々の超終活になります^_^
混迷の時代となり、社会的にも地球環境的にも
あまり穏やかな状態ではなく、安心した暮らしや子育て、仕事、結婚や家庭を持つなどに集中しずらいギスギスした雰囲気を若干感じてしまうのは私だけでしょうか?
昔ばなしをすれば、20年前は標準治療以外で
他者の精神的な悩みや、はたまた生き方に関する
事象に関して、他者にサポートするという
属性を生きる人は少数でした。
(神社、仏閣が果たして本当の役割を果たせていたかは?受け取り側次第ですが)
水面下には居たのかもですが、
まだネットが不整備だったので、
私はココにいます!と看板を上げても、
届きにくかったのではと思います。
(実際は、手を挙げた瞬間にそれを必要とする
人が現れるのは今も昔も変わらず、ネット云々では
測れないものではあります。)
で、スピ活(と言ってよいのか)。
はじめは自分の無知によるお悩みスパイラルから
の生きづらさからはじめたのですが、
掘り下げまくったところ、時代にも波があり
その波に人間も揺られ、押されて、見出し、
生きるとい事をどうやら繰り返しているなぁ、と
わかりました。
で、ヨガ活されてる方や、インド哲学に知見の
ある方はもしかしたらカリ•ユガという言葉を
ご存知かもしれません。
じゃあカリ•ユガってなんすか?
と言いますと、
【カリ・ユガが起こる理由】
循環する時間の法則(サイクルの摂理)
宇宙は直線ではなく螺旋的・循環的に展開するというのがヴェーダ哲学やスピリチュアルな理解の基本です。
- カルパ(宇宙周期)の中で、サティヤ・ユガ → トレータ・ユガ → ドヴァパラ・ユガ → カリ・ユガ と流れ、また戻る。
- これは季節が春→夏→秋→冬と巡るように、「霊的覚醒と退化」も周期的に訪れる自然の摂理です。
カリ・ユガは**「冬」のような状態**で、物質が極限まで優位になり、霊性が最も遠のく時間帯です。
と、まあサイクルなんです。自然の摂理と同じです。
で、今、時はカリ•ユガ時代です。
じゃあ、カリ•ユガ時代に人間はどうしたら良いか?という所があります。(好きに生きりゃええやん!ですが、そうもならない場合は何すんの?みたいな)
カリ•ユガ時代の空気を纏い完全カリ•ユガサポーターとして生きるか?
カリ•ユガのエネルギーを反転させ、宇宙文明と生きるための当たり前のお手前や作法を身につけ生きるか?
というのが、大きな選択の道標になります。
地球人類地球文明の中の人間の中の人科の中の山田さん(仮)が
宇宙人類宇宙文明の中の山田さん(仮)になるかみたいな感じです。(雑ですが。)
宇宙のオーソドックスな文明は
摂理と愛、愛と摂理を理解し発展する事をコミットし、その副産物として科学技術なども地球より高度ではあります。
地球は環境的にいっぱいいっぱいなので、いいかげん宇宙文明に入れてもらえるように、お手前とその様式を身につけて、
なんだ、うすうすわかってたけど、普通の度ノーマル感覚でいいんじゃん!って呆気なく腑に落ちた方が生き物としては真っ当です。(生き物として真っ当がだから何?の方はまたいつか…)
ただそんなに呆気なく腑に落ちました!とならないのも、カリ•ユガあるあるでして。
何がカリ•ユガあるあるかというと、
そのカリ•ユガあるあるをいう前に
カリ•ユガ何ぞやをしっかり書きマスタっ!
対極の体験を通じて魂が成熟する摂理
魂は「光」を知るために「闇」を体験するという摂理のもとに存在しています。
- カリ・ユガは神聖さを忘れた極限状態を体験する場。
- それにより、本当の愛・真理・調和の価値が深く体感される。
- 神との再統合のプロセスを自らの自由意志で選ぶことが求められる時代。
つまり、もっとも「神を忘れる自由」を与えられることで、もっとも深い「神への帰還の意志」が生まれる可能性がある。
自由意志とカルマの学びが強まる摂理
カリ・ユガでは神の介入が最も少なくなり、人間の自由意志が最大限に発揮されます。
- 善と悪、真実と偽りが混在し、あらゆる選択が問われる。
- それゆえに、「自分の意志で真理を選ぶ」ことの霊的価値が増す。
この時代にはカルマが早く返ってきたり、霊的レッスンが濃縮されて体験されるのも特徴で、それも魂の進化を早める摂理の一部です。
神的計画の一部としての“濃密な学び”の摂理
カリ・ユガは神の計画から逸脱した「堕落の時代」ではなく、むしろ霊的成長のために意図された困難なトレーニングゾーン。
- 本質に目覚める者と、眠り続ける者の分岐が明確になる。
- この二極化こそが次のユガ(新時代)への胎動。
よって、カリ・ユガは神の摂理に則った必要な時間であり、地球上の魂たちが進化するための「魂の夜」のような時間といえるのです。
補足:霊的に見ると…
- カリ・ユガは絶望の時代であると同時に「覚醒の種」が撒かれる時代でもあります。
- この混乱の中で、「内なる神」を思い出し、自分の責任で生きることこそが最大の霊的成長の鍵です。
はい、ここまでを読み込む事ができるくらい熟している方はだいぶ、あ、こっちか!ってわかるはずです。
ポイントは神々が介入しずらい時代であるからこそ自由意志がMAXになれるのです。
はい、みんなアラレちゃんバリに行けますよ!!
ほよよのキーンです
(アラレちゃん世代に響くかしらー)