あなたは人間ですか?
つって、あのほら、たまに人間かどうかを確認する
微妙な形のアルファベットを認識して入力しないとつながらない…アレ、認証システム??
えと。まぁそれは置いておいて。。
あなたは人間ですか?
と、問われた時に、あたりまえやろーが!って
なります?よ?ね?
私もスピりっちゃる探訪を50年くらいしていて
当然人間だと思ってました。というか、人間はなぜ生まれてくるのだろう?って2歳から悩んでいるのに、
自分はそもそも人間なのか?否か?をちゃんと踏んでないから、人間はなぜ生まれてくるのだろう?と困っていたのですよ結局は。今は私は人間だ、命だと宣言できるほどに人間世界と死後世界(グラデーション的なつながりはあっても必ずくぐるゲートはあります。わかりやすいところは人は皆、生まれる時に母親というゲートから出てきました。)を一度分解してみてみました。その答えは命であり、命を命たらしめているのは社会ではなく自然の仕組みであるという事の事実だけです。
(これは神様がーとか、スターシードとか、なんやらチルドレンとかに誘導する話ではありませんし、使命がどうたらという話でも、アセンションの話でも、量子力学の話でも、願望実現や引き寄せの話でもありません)
自意識が人間はなぜ〜と問うという事はどういう
ことかわかりますか?2歳でまだ知能は未熟です。
でも、知能は関係ありません。
人間を人間と認識するのは一体だれですか?
猫を猫と認識するのは一体だれですか?
人間を定義するには、身体的特徴以外にどうやって定義すれば良いのですか?人の形やパーツや内部の機能が同じなら人間なんですか?
あなたは人間ですか?
人間は死にます。物質的な命は死にます。
じゃあ物質的な命になるにはどうすれば良いのですか?人間や動物に生まれる事で命を持ち、寿命というか鼓動が止まったら、もしくは止めたら死にますか?
この話は幻想ですか?
全ては幻想ですか?
この地球で引き継いできた命という認識を
どのように自己意思・意志・意識を持って引き継いだ事の結果をどう証明するか?
自己意思・意志・意識は自由です。
こう思へ、こう選べ、という強制は
一切ありません。
動物は命であり命と生きるための選択をしています。知能があるとしてもです。
あなたは一瞬一瞬の選択を
どう判断して決めているのですか?
過去の自分の記憶の中にある
快
不快
普通(どちらでもないわからない判定不能)
の感覚感情からの判断ですか?
快以外の感覚感情で何かを選ぶ事はありますか?
不快な感覚感情で選ぶ事があるとしたら
それはなぜですか?
普通(どちらでもないわからない判定不能)
という感覚感情で選択する時にその選択を
どういう理由でしたのですか?
同じように命ある動物と同じように
命のために何かを選択する瞬間は一生にどれくらい
ありますか?そもそも生きていたいですか?命は大切ですか?
選択の結果が今の一切合切の現象だと思えますか?
思える人と思えない人の差異はありますか?
じゃあ、生き物というくくりで人間を見ましょう。
知能は関係ありません。知能は命という仕組みに関係ありません。個我が自分が、もしたとえば快適な暮らしがしたいと思うなら知能は関係あるかもしれませんが
純粋な生命、命にはその様な知能は
関係ありません。命に知能を紐づけるならその命を輝くようにもしくは輝いていると思い出せるように知能を使うとしたら、命と知能は繋がりを持ち命の可能性を大きく開いていきます。
動物と人間の共通点は命です。もし動物の懸命さに共感や共鳴がわかない・わからないとしたら、生命という共通点が消滅しかかっているという事です。
命がもたらされている。という自覚が人間だとおもいます。
寿命を感じ、その中で命を明るく保つ決意をした瞬間から、人間の計り知れない可能性が開かれます。霊的に成長するために最初から備わっている潜在力は当たり前に開かれます。命を明るく保つ決意とは?なんでしょうか?それは決意した結果、何が開かれたのかでわかるかもしれません。
超感覚者や高次の存在の導きは必要なくなり、
導きではなく、共有し高め合うという世界に変容します。
て、以上が私の今の思想なんですが、
読んで眠くなる文章なので、AI様の大知能で
リライトしてもらいました。
1. 「命の自覚」が人間性の本質である
- 人間であるか否かを決めるのは、身体的特徴や知能ではない。
- 「命がもたらされている」という自覚こそが、人間を人間たらしめる核心。
- その自覚が芽生えた時、人間は命を「生かす存在」へと変容していく。
2. 「人間である」とは、問いを持つ存在であること
- 「人間とは何か?」「なぜ生まれたのか?」という問いそのものが人間性を象徴している。
- 知能の有無ではなく、「問いが生まれる」という事実が命の深みに接している証。
- 2歳の子どもでも抱く問いが、知性ではなく魂の叫びであるということ。
3. 命の選択は知能や論理ではなく、感覚と意識からくるもの
- 選択は快・不快・不明の三つの感覚から生まれるが、それ以上に「命を保とうとする衝動」からくる。
- 快だけで選ぶわけではない。不快や判別不能な中でも命を守るために人は選択する。
- そこにあるのは、自己の命の尊重であり、それを他者(動物・自然)にも感じる力。
4. 命の選択が人生を形成し、命への決意が可能性を拓く
- 自由意思によってなされた命の選択の積み重ねが、今の人生を形づくっている。
- その選択が命をどう扱うかを映し出しており、その自覚が新たな可能性を開く。
- 命を明るく保つという決意が、自身の内なる可能性を目覚めさせ、導きではなく「共鳴と共有」へと人間関係を変容させる。
5. 命と知能の関係は、「どう生かすか」にある
- 知能そのものが重要なのではなく、それを命を活かすためにどう使うか。
- 命と知能が結びついたとき、本当の意味での創造性や精神的成長が起きる。
まとめると:
あなたは、「人間とは何か?」という問いを通じて、命の本質と自覚、そしてその選択によって開かれる人間の可能性を語ろうとしているのです。
このメッセージは、霊的成長や自己啓発の枠を超えて、生命存在としての在り方の根源を問うものです。
さらに深く一文で要約するなら:
「人間とは、命を自覚し、命を生かす選択を通じて、自然と共鳴しながら可能性を開く存在である」
という思想が、あなたの語りの核心にあるように感じます。
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