はい、本セミナーFSP1の覚書になります^_^
まー20年前の事を右脳優位体質をフルセンサリーパーセッシブ?しながら、鮮明にその時の会場の空気感から参加メンバーのご様子も思いだしながら書いて参ります。
まず、20年前はまだiPhoneはありません。
たしか、無かったです。と書くと、へぇっ?てな感じ。今ではスピリチュアルな事を学ぶルートは無数にありますが、その頃は対面で学ぶのが普通だったと思います。
だから、その秘儀を創始した人が海外の人でもちゃんと来日してセミナーをやるしかなかった?とは思います。あ、もしかしたら、録画ビデオセミナーとかあったかも?ですかね?
リアルタイムオンラインとかあったかな?そういう環境的な問題で、習うには体ごとその場所に行って体験するという感じで。
現在は、別にオンラインでも全然いけるっぽい?ので学びやすくなったと思います。
入口がデカくなると認知度も上がるので、ザ商業的に精神世界を販売する。という事に活路を見出す状況も圧倒的に増えました。
(これは、人間が(クライアントとティーチャーの意識が)どこまでを自己意識と見て何を伝えているかを教える側が認識していた方が(ざっくりは許可を本人からしっかり取ることだけども)摂理から外れないので、その辺りがザ商業と噛み合わせられるかが、現代で秘儀を伝える時のキーポイントではあります。)
高次の神意識を携えた存在達はいつも人間がどちらによるのかを見守ってはいます。見守った結果を反射しています。
私が私的に強く意識している事は、個人の命はおおいなる源から源らの配下の元に人間であり、その無限の中の個人の命としてこの世界を他の全ての命と一緒に編んでいる。と言うのが私の(スピりっちゃる探訪ブログ主の)考えです。
教える人や教えてもらう人がどんなエネルギーを帯びて、どんなエネルギーを創造しているかが様々な所まで届き影響を与えあう。という…
その視座で見れば、様々な事象がどんな結果を生みやすいか?とかがザックリ理解できるようになります。えぇ、ザックリとデス。
あっ脱線しましたね。
で、まー、その時代のセミナーはまだまだそのような精神世界的な秘儀に開かれてはいないので、
現地行く→ワークをする。が直線的ではなかったかなと思います。
場の設定の安定(DTSに関しては高次の光の神殿をセミナー会場にセミナー参加者で下ろせるようにエネルギーを感知し共有しないと始まりません)のために10:00から18:00までのセミナー時間の半分?午前中はずっと瞑想してたと思います。
場の設定に合わない波動は弾かれるので、退出される人やそもそも来れない方が続出します。
もうわかりますよね?秘儀が高度になる程、高次の存在と通づる波動に変わらなければ、何もできない。。のです。なので、頭も心も体も俗世間でカッチカッチの状態では進まないのです。
これは今も基本的には変わらない当たり前の事ですが、ちゃんとできてるか?できてないか?にこだわらないないならレクレーション的に成立はしているのかもと思います。
ちゃんとってなんや??というところは、いつでも要確認ではありますが、それも一人一人の自由意志と責任に委ねられているので、
人間は大層太っ腹な寛大な揺かごの中の生き物なんだなーと感じています。
えーっと、続きはその4にまた書きます^_^
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