障がいのある子どもを亡くした親の心の穴 | 不登校の子ども、障がいのある子どもの学びの場☆スペース海

障がいのある子どもを亡くした親の心の穴

昨年、知人の家庭で障がいのある子どもが亡くなった。

葬儀にも出席した。

どう言葉をかけたらいいのか分からなかった。



親族の中には、

「障がいがある子ども、苦しんで生きるよりも

 早く亡くなって・・」と言葉にする人もいた。

いたたまれなくなって、待合室を出た。



重度の知的障がいのある子どもだった。

きっと、親の心の中には「大きな穴」があくんだろうなと思う。

悲しみや喜び、苦しみや楽しみ、たくさん詰まっていたはず。

でも、その思いをかける対象が目の前にいなくなった時、

どれほどの喪失感を感じるのだろう。

我が子の将来の「その時」がふと頭に浮かんだ。



障がいのある子どもが不幸なのだろうか。

私はけっしてそうは思わない。



どんな人にも、ひとりひとりに役割があって、

いまを生きる私たちはその「ひとりひとりの役割」を掘り下げる役割がある。



ひとりひとりの役割を掘り下げ、見つけようとすることは

結局、自分の役割と出会おうとすることだと思う。



自らの生きる役割を諦めない。

そして、ひとりひとりの役割を掘り下げ、

見つけようとするアクションをあきらめない。