拈華微笑2011WEB.JPG

パワフルなエナジー・アートが続いているので、ちょっと閑話休題。

といいますか

時系列で新作アップをしていくと、なかなか新作NOWに追いつきません^^;

観音シリーズがとんと置き去りになってしまってるので

めっずらしく本日二度目の更新を。




この観音様も去年の秋の作品でしょうか・・・

東京WSでお会いした、埼玉のトマトさんのオンリーワン☆アートです。




この絵をみていたら、セアロの「煩悩を描け」という言葉を思い出しました。

その時の記事を貼ってみます。

わあ、私にもこんな未熟な時期があったんだわ・・・と懐かしくなりました。


ポジティブ志向の落とし穴です。

まだそこに引っかかっている方がいましたら、ご参考に♬



★★--------------------☆★☆--------------------★★


・・・個展にむけて たくさんの菩薩を描かせていただいておりましたが

どれも満足いくものができず

心静かで、慈愛あふれた 優雅なお姿を

どこまで求めても 表現できず

しょせん 自分が 迷いのさなかにいるうちは 無理なのだろうか

でも 仏師がみな悟っているわけでもなく

しかし 私の描く世界はしょせん綺麗ごとなのだろうか

と 彷徨っていたときに

おりよくセアロが玉野にくるというので ベストタイミングでした。


最近の作品数枚を絵葉書にして セアロにお見せしました。

すると 開口一番


もっと煩悩を描け・・・・



????!!!!!

またもや 意表を突く言葉でした。

しかし 綺麗ごとか???と迷っていた私の思いを見透かしていました。




煩悩を否定するから

煩悩がいびつなものになる

あってもいいじゃないか

それも自分だ

ただ執着しなければいいんだ

分けてしまおうとするからおかしくなる




そうでした。

ああ、まだこんなことで揺れ動く私がいる

自分のエゴに気づくたびに まだこんなもの持ってた~~!

と、いやがる心がありました。




もっとしずかな 菩薩のような心に憧れ

そうでないものに 無意識に蓋をしたり いらだっていました。

闇をも受け入れる心でいたつもりでしたが

「まだこんなにある~~」と ため息をつき 浄化しようとしていました。

もっと軽くなりたいというのも執着でした。




それを浄化するとか

そんなことを考えるから 複雑になる

ただそこにある それだけだろ

たとえばそれを いやだと思うから

浄化しようと 分けて考えるんだ





内観のしかたを どこかで取り違えていました。

でてきたエゴを まず否定したりジャッジしてしまうから

浄化しよう 払おうという意識になるのでした。

私は しっかりと受け入れていなかったことに気づきました。

菩提心を求めるのも執着、 煩悩を押さえ込むのも煩悩

でも そうやって迷い悩むから 気づいていける

煩悩即菩提・・・・☆すべてありがたし


以前 誰かに 「泣いてる仏陀を描いたっていいんだよ」といわれたことを思い出しました。




男女の和合だって描いたらいいんだ

人が見て なんだこれはと言われたら

それがなにか?・・・・でいいんだ

堂々としていろ





「はあ~~~~。よくわかります。

でも煩悩を描くのって ちょっと恐怖がありますが・・・。

煩悩があることが苦しいから

楽になりたくて 菩薩に憧れ 早くああなりたいと思っていました。

でも、、、菩薩ってなんでしょう。」




煩悩を認めるのは怖い。

もっともっと泣け、

もっともっと悩め



おまえはまだまだ自分のことで涙し 苦しんでいる

菩薩は 自分のことで 涙することはない

自分のことで苦しむことはない




・・・・そうでした。

自分を卒業できてないのに 人を救済することはできません。

1・2をとことんやってはじめて3に行く事ができるのでした。


常に平安な心でいるためには 絵を描いてるときのような心で

常に生活しろと 以前言われたことも まだまだ身についてはいませんでした。

まだまだだな、、、、と、セアロに笑われてしまいましたm--m


内なるメッセージがきました。




★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:・'゜★。、:*:。.:*:・'


揺れ動く心も 揺れるがまま

揺れたから なんだというのだ

煩悩をよくないものだと思うから

自分も人も ゆがめてしまう

人間の弱さは 神が与えたものだ

補い合い 時に傷つけあい

許しあって 分かち合って

そしてひとつになっていく

肉をもつ限り エゴもついてまわる

エゴを支配するか 支配されるのか

包み込めるか 払いのけるか

すべては自分の器次第だ

今来たものを 味わいきれば 煩悩さえも溶けていく

太く大きくなりなさい



★★--------------------☆★☆--------------------★★


そうなんです



心の浄化は大事ですが

浄化というのは、結果であって

浄化するぞ~っとなった瞬間に

重たいものを抱えている自分を責めてるんですね

自分を認めていない  

理想と現実のギャップを常に計算してしまっています

こんな自分はいやだ、と押しやれば、

倍になって帰ってきます

または、鏡のように、いやな人が現れて

いやな自分をみせつけられるでしょう

傷ついたこころがあるなら

それがありのままの自分なのだと包み込めば

やがて消えていきます





それが統合ということです





そうすれば、人の想いも包み込め

あなたの器が広がっていきます

そうして人は

ニュートラルな次元に立っていくことを覚えていきます

あるがままの境地へと学びを進めていきます

本来の姿に目覚めていきます





浄化とはあくまで結果なのです

結果にこだわれば執着となり

堂々巡りのループから抜け出すことはできません

ほんのちょっとした、ボタンの掛け違いなんですね☆

$★絵描き屋KISA 『一日一絵』★