昨日は美マインドメソッド土日コース
第4講目でした。
本当に自由にさせてもらっていて
講師という立場をちょいちょい忘れてます
午前の部、共催の星乃まなさんの講座では
激しく内観が止まらなくなり
4ページにわたり書き出していました。
そのきっかけが
相手の言葉に傷つく時には自分に何かがある時
という一言。
ちょっと今回は長くなりそうだから
①と②に分けて書こう!
実はずっと課題として、この2ヶ月弱
自分の内側に潜り続けていました。
私が怒りと共に反応してしまうワードが
大変そう、面白くなさそう(私が)
という言葉。
表面上は理解していたんです
やはり、ここぞという時は男性性も使います
頑張る時には頑張ってきた
怖いと思う選択もしてきた
諦めなかった、自分との約束を守ろうとした
それなのに、
私の全てを知っているわけでもない人に。
自分も、そして誰かも否定して、
選択も行動もストップした人に。
言われたくないわ!と普通に思ってた。
少し話は逸れるけど
あざといって、私は否定語にとらないのね。
あざといって分析と行動の賜物だと思う。
恋愛でも、日常でも。
この気持ちを察して!と相手任せだったり、
相手の計算高さを見抜けない男性を
馬鹿にしたりとか、
よく、女性は同性を敵視しがちだけど
このあざとさって、
相手が喜ぶポイントや、スキをちゃんと分析して
行動に移した結果だと思うの。
自分の得意なこと、才能に気付いて
自分の見せ方を知っている人だと思うの。
例えば、感想やレポを書くのが好きな人がいて。
時間やエネルギーをかけて
一生懸命書いた感想はリブログされたりもする。
伝えたい!楽しい!
その気持ちを目一杯書いたら、
相手には嬉しいと感じるし、響くことがある。
それが何回か続いた時
周りは、相手がスゴイ人なら尚更ね
懐に入るのが上手い、見たいなやっかみもあるわけ
でもさ、そのスゴイ人の名前だけ使って
自分の宣伝ばかりする人って
やっぱりいい気分しないでしょ?
これ、両方とも私の実話ww
懐に入るとか、あざといとか言われたけど
自分の書きたいこと書いて批判される悔しさも
反対に、私をタグ付けして
1行だけ触れて、あとはご自身の宣伝オンリー
とかだって経験してきた。
(まあ、私はスゴイ人ではないが)
あざとさを敵視するのって
ぶりっこ(死語?笑)だったりする姿を
周りの目を気にして、自分はできないから
気になるし、癪に触るんだと思う。
ぶりっこだと決めつけるのもどうかと思うしね
これ、恋愛だけじゃないよね?
ビジネスでもプライベートでも、
その行為が許せないから腹が立つわけで。
周りに嫌われたくないから
堂々と表現した人にやっかみを持つ。
そもそも、それができないとか困ってない人は
あざとかろうが、イケイケ(これも死語?笑)
だろうが、人の行動なんて気にならないんだよ〜
計算高く見えたとしても、
周りを傷付けなければ相手が嬉しくなることや
喜びそうだなって思うことを言葉や行動にしたり
自分がやりたいこと、叶えたいことのために
素直に『好き!やりたい!』が言えて
そのために頑張る人を
素敵だと思えないことの方が世も末だわ
と私は思うのね。
なんで書いたかって言うと、
あざといって最近、言われたから。笑
でね、
このあざといと言われようがなんだろうが
私は素直に自分の気持ちに正直に行動してきた。
その時に別れもあるし、出会いもある。
それを乗り換えたみたいに言われることは
まあ、そう捉えるならそれでいいや。
でも、この言葉で、私は
誰かの行動に対して決め付けたくもないし
自分の表現を諦めたくないなって。
そして、話がようやく戻りますが
表現していく上で。
なぜつまんなさそうに見えるという言葉で
怒りや傷ついたのか
自分の言葉でようやく深掘りができたんです
それは、今の私からずっとずっと過去に遡る
まだ私が、今の私のように
自分の気持ちも行動もずっと我慢して
押し殺していた時代まで、、
②に続きます