運転免許はあります。しかもゴールド免許。だって乗らないから。
そんな訳で、交通機関と自前の歩行機関(足)で今日も北海道を行きます。
そんな訳で、交通機関と自前の歩行機関(足)で今日も北海道を行きます。
バスで北見に出て、とりあえず徒歩圏内の名所に。ピアソン館とハッカ記念館へ。ピアソン館ではNPOのおじさんが熱心に説明してくれました。ピアソンさんは、昔の伝道師さん。大正時代に建てた住居を修復して、庭は公園になっていました。そのころからあった柏の木は、一本残るのみ。根元を見ると、二つほど、柏の団栗を見つけました。保護者がいないようなので、大事に保護してきました。
ハッカ記念館は、白壁にミントカラーが素敵です。絵本の「小さな家」みたいです。ハッカの苗の配付は残念ながら明日でした。

記念館から駅まで、教わったのと反対に歩いて行くと(この辺が天の邪鬼)、不思議な地形が目に入りました。二条のバラストがずっと伸びて、先の方はかすかにカーブしています。これはもしや?仁山が乗らないうちに廃止されてしまった、「ちほく高原鉄道ふるさと銀河線」の線路あとでは・・・。

落ち着きなくあたりを見回すと、ありました。保存鉄道です。今回はなぜか鉄ちゃんのようなレポばかりですみません。パシパシとシャッターを切ると、なにもしていなのに、セピア色の写真が。昭和の郷愁がわかる、大人のデジカメみたいです。なんだかスターウォーズのC3-POみたいなのもいます。車両の側の道に、トンネルのような藤棚があり、藤の種がたくさん落ちていました。きっと拾われたいのだろうと、ここでも保護してきました。



とりあえず「緑の暮らし」らしきことをしてしまうと、後はすることもありません。仕方がないので昼でもあるし、駅弁を買いました。駅弁を駅で食べるのも味気ないので、機車に乗ってみました。電車ではなく、蒸気じゃないので汽車でもなく、ディーゼル機関車なので機車。別に略すことも無いが。理由も無く機車に乗るあたり、ほとんど「阿呆列車」になって来た。(口調まで)

駅弁だから、機車の中で喰っても悪いことは無かろうと、おもむろに地元ブランドのお茶とセットで喰うことにした。

北見なのに、釧路や旭川や富良野の弁当ばかりでいいのかとも思うが、これしかないのでこれを喰うことにする。半熟玉子とコチュジャンをかけて喰うのだが、辛いので本当は酒が飲みたい。しかし、遠くまで行くわけにいかないので、津別行のバスのある美幌まで乗ると、34分の乗車時間では酔えないし、乗り過ごすと帰りが大変なので、酒は見合わせた。

短時間なのを心配することも無く、たった8分で喰い終わり、自分の意地汚さを反省する時間の方が長かったが無事に美幌についた。こんな親爺でも嫌がらずに運んでくれた機車を見送ろうと後ろからカメラを構えると、前からのと顔が違う。飲んでないのに酔ったのか知らん。

せっかく美幌まで来たが、今回は妻も子供も置いてきたので、18年前に新婚旅行で通過した美幌駅と対面しても感慨も何もない。大体、こんな駅だったか記憶がない。妻の顔も最近あまりじっくりと見ないのでどんなだったか怪しいものである。

とりあえず名所を聞くと、近くに「緑の村」があるというので、車を頼んで行ってみた。が、全く期待外れであった。美幌町長は、大いに反省するがよろしい。博物館には飲食施設がなく、喉が渇いたのに缶入りのコーヒーしかない。甘くて飲めないので買わない。
隣の棟でソーセージや蕎麦の体験実習ができると言うので、こっちは飲み喰いできるかと覗いてみたが、体験のみでレストランの併設もない。やむなく、森でも散策するかと公園に入るが、家族連れが三組ばかりキャンプの支度で夕食の準備をするところで、怪しい単独行の中年男に警戒の目を向けられた。別に何も関わりはしないのだが、気分が悪いのでそそくさと入口まで戻った。
公園入り口では、見る人も無い鯉のぼりが、運動の自主練習のように、自分だけのために泳いでいた。

迎えの車で駅まで行き、バスに乗り換えて津別に帰って来た。小心者なので、職場と家に菓子屋から土産物を送り、ほうほうの体で宿に帰って来た。既に宿の親爺と手伝いのK子君が、夕飯を喰って酒を飲んでいたので、慌てて麦酒を飲んで、今日の報告をして飯を喰って寝た。
夜中に目が覚めて風呂に入ろうとしたら、風呂場の電気がついていたので、K子君かとも思ったが、親爺かも知れないので想像するのをやめて、あきらめて寝た。しかたなく、朝風呂を浴びた。
撮影:平成22年5月2日
※この項、「阿呆列車」風に記載しており、少々適切さを欠く言葉遣いもありますが、読み物と思ってご笑読ください。
