3月
終わりまじか
桜は満開、、、

強風に揺さぶられ
小さな花たちが
必死に木にしがみついて
いるようにみえる
今年、、、


いつものように過ごそうにも
私のおうちの場合

そうはいかない
気配が
しています。

気配ではなく
実行しなくてはならない時期。

なにもかも
情報が曖昧で

どこを見定めて
レッスン再開の
判断基準を見ればいいのかか
わからないのです。

離れ離れでのレッスン

いつものレッスンも
やろうとすれば
できてしまいます。

でも

アタシは感染してはならないし
感染源にもなっては
ならないのです。

世界の秤で
世の中を見なければいけないと
感じています。

都知事の口から
ここ3週間が大事だとありました。

ロックダウンもありうる
とありました。

コロナの山のいただきにはまだ
さしかかっていないなか

子どもたちの学校ははじまり
新年度を迎えます

あやふやな中
あやふやな方法で
あやふやに新生活がスタートしてゆきます。

マスク不足にも
慣れ
ふにゃふにゃな自粛ムードに
甘んじてきている
人々

現実との
温度差を感じます。

テレビの報道バラエティーで
芸能人や司会の方々はマスクもぜず
討論やコンメントを次々と
矢継ぎ早に話し
コメンテーターのお医者さんも
マスクなし

切り替えされると
カメラマンやスタッフは
総勢マスク
これは、、、、いったい

みんなが
再度
気もちを引き締めるのには

テレビの中の人々にも
私達も気をつけている
という認識を表すべきではないのかなと
感じます。

ちょっとした
クラスターがでてもおかしくない、、、

元テレビの世界にいた人間として
異様な光景に思えます。

私がプロデューサーなら
透明なマスクなり
アクリルの敷居を
コメンテーターの間につくるなりの
姿勢つくるなーとか考えたり、、、

地震のとき
ニュースキャスターは、
ヘルメットをかぶり
速報を流す光景を見るけれど
コロナウィルスは
対策をほどこさなくていいのでしょうか。

自粛が
崩れてゆく空気に

野生の勘のような
声が
アタシの胸にこだまするのです

これからじゃないの!?と

小さな公園にあふれかえる家族連れや
目の前を走り抜ける電車の中の様子

ファーストフードにあふれかえる
ゲームするこどもたち

感染者数は着実に
増えている

いったい
どうすればいいのか
だれもわからないでいる
難破船にゆられている日本の私達

アタシは
自分の自分に問いかけてみます。
どうする?

アタシは
アタシの家族は、
自分たちの思う行動で
できることを淡々としてゆく。

いろんなことが犠牲になり
行動範囲はせばまり
アタシの仕事も形が変わり
収束したら
ゼロからの、スタートかもしれません。

それでも
他力本願や
自分本位な姿勢では
いまこの時の流れは超えられないと
感じています。

行動範囲なんて
気持ちの持ち方で
広げてゆくことができる

もう味わうことのないだろう
この特異な時間を
よく観察し
どうすることがいいのか
考えてみることも学びに
なると思います。

あやふやは
なにも、していないのと、おなじこと。
できるだけ
気持ちは日々穏やかに。

だけど
生きてゆくことに
他人の生命まで迷惑をかけては
いけない。

「長い戦い」

山中教授もブログでかかれていました。
そんな正論の通らない事態。

山はこれからだ
日本の偉い方々はわかっているはず。

すべての、経済活動も
学校生活をはじめるにしても、
現実を直視し
自粛の意識を強めなければ
また
バワーダウンし
コロナに負けを示す形となるのでは
ないだろうか。

その時は、すでに
医療崩壊が起きているかもしれない。

あいまいな助けではなく
現実的な
国の助けを待つ
企業の方々、自営業の私達の
忍耐力は限界にきています。

会社の命をかけて
動き出さざる得ない
そう答えをだそうとしている
ところも多いと思います。

大切な
ナワヒネハアレヴァは、
座礁させないよう

舵をきろうと
必死な今。

今は
踊ります
ひとりで考えて考えて考えて


頭がたれてきたら
踊ります
踊る踊る踊る




早くの収束を祈り続け

しっかりと
地に足のついた
国の
対策をうちだしてもらえることを
待ち祈ります

未知の日々には
それなりの
打開策を
自らうちたてていくことを
考えてみることも
はじめます。

日本全国の人々が
対岸の火事ではないことを
認識し

世界と手を結び
国の中でも手を結び
先行きに不安を覚える人々を
救い
未来ある道を築いて行ける政策の
早い対処を、、。

祈り続けます。

当たり前のように
日本とハワイを行き来していた
ミュージシャンやクムもまた

自国で不安な日々を過ごしていることを
考えると胸が痛みます。

あやふやなものが
確かに、なれば
答えは現れ
そして
収束のめどもたつと信じます。

クムのいる
ハワイ島
ボルケーノに虹がかかる
写真を見ました

自然は変わらず堂々と
日々を過している

バワーをもらって
明日へあさってへ
立ち向かう。


実際のレッスンが
おやすみな今

静寂について考えています

わっさわさで
つながってゆく
いつもの日々は時折
息苦しくなります

わっさわさに
してしまっているのは
自分自身なので 
困ったものです

わたしにとって
大好きな場所は3つ

ハワイ島 ヒロ
そして
とある場所です

共通してあるものは静寂です

とある場所は
ほの暗く
時折床の木が鳴り
長細い窓から時に青空
上のすりガラスは
グラデーションの空の色を見せてくれます
走る車の音がかすかに聞こえ
自分の息づかいを聴き

そして
豊かにとこしえに
自分との対話をゆるされる場所


かつて 
テレビの番組制作の
仕事をしていました   
ナレーションブースというものがあり
そこは
そのとおり
ナレーターさんの声を拾う
大切な密室
ぶ厚い扉で閉ざされた
無音のスペース  

そこは
息苦しく
怖くなるほど
無の空気が
張り詰めいた場所

アタシにとり
緊張する 
むしろ嫌な空間


風の音
水のゆらぎ
草達がこすれあう音 
静かに沈む夕日

静寂についての感覚は
個人個人で
異なるもので、、、

アタシの場合は

体の力が抜け
あらゆることを
客観的に捉えられる
ひとりで何時間でいられるような
場所だと
おもっています

わたしにとり
そんな機会や場所があることは
幸せです



夜はスマホとにらめっこで
ネネ、ケイキ達
木曜よるクラスのラインレッスン

みんなとつながる
賑やかな時も好き


オンラインではつながることはできないけれど
改めてひとりひとり 
見ることができて
あっという間に時が過ぎてゆく

なんだか、半日
パウスカートをはいている
幸せです

そして
静寂の中へと、、、


静寂は、忙しなさがあってこそのもの

家でも
寝落ちするまでの時間

時計の針の音がいくつか
擦り合わないリズムでなり
冷蔵庫がうなりを上げ
別の階下で
だれかがお風呂にはいっている
明日配送する商品をのせた
トラックが走り抜ける

一日を終えることができた
静寂の数分間

静寂とは
その空間で
自らの身も
その一部となり
沈まる
そんな瞬間

ただ
静寂の中に身をおき
その瞬間
アタシは
静寂の一員になる

慌てない
焦らない
恐れない
一歩また一歩
前へ足をだす
こんなときなんなのですが
アタシは
もうれつ
人見知りです

生徒さんに
こうしたら
もっとよくなるよーー

という一言さえ
かつては  
目を見つめて
言えませんでした

「注意する」ともなれば
難易度、激上がり

当人の横脇、抜けに見える
ドアノブに言ってたり、、、、

自信もなければ余裕もない

それは

今も変わらないかもしれません


でも
ふんばります

今回
コロナウイルスさんのおかげで

みんなの 
体温
が近くにないと

アタシが
伝えたいことを
理解してもらうことは
とても難しいことなのだと
あたりまえだけれど
痛切、、に感じています


幸い3月は
イベントがないナワヒネハアレヴァ

4月の末から入りだします
どうなるのかなー
踊りたいなー

みんなとともに
レッスンすることの
貴重だという想いが
改めて
痛いほど
胸に響きます

感じる
考える、、、

私達のハラウは 
ミラーレスです

前を向いても正解がありません
ハワイ校のスタジオにもミラーはありません

考えて
動いて
試して
手先を
体を大きく動かさなければ
正解はみつかりません

形を覚えてから
気持ちを込める事を
考えたときもあります

それは違うかなと
アタシは今は考えています

まず
想い

大前提にベーシック
それは果てなく続く
ずっとベーシック
練習練習練習

ミラーを見ながら
ステップをまねるのではなく
体がどういう現象で
揺さぶられて
動き
傾き
反り

関節の
どの部分を使っているのか

体の力を抜くことが
むずかしいことだと知り

自分の体と対話しながら 
その抜き方を
気がついていくこと

アタシのコンテの師匠は
首の力を抜くのに
何年もかけたと
話しておられました、、、、

ヒロで
盛んに叫ばれた

「はる〜み、リラーーーーックス!
リラーーックス!」

その意味を今は
はっきりとわかります

自分の脳で考え
五感で動く

それは
フラを超え
生きていく上での
気づきにつながると思います

まさに
今、この世界が揺れる日々を
どう生きるか
本能を信じていくことが
多いとき

その五感が
すぐ
起動するのは
フラのおかげかなと
アタシの場合は感じています


再びみんなと向かい合えるとき
何かが
変化していたらと
願い
今は耐える時

怖れるな
じき答えは出る

世界がざわめく
だからこそ 
淡々と穏やかに、、、

夕暮れ
空が
水色とゴールドのグラデーション
の時を感じました
心が穏やかになれました

空や大地や
この宇宙は変わることなく
繰り返し色を変え乾き潤い
広がってゆく

なにも
怖がることはない

人と向き合うことは苦手だけれど
だから
いつも
緊張を持って
やっていけるかもしれません

そして
今は
考えごとを
きちんと
考えきる時間を
神様が作ってくれたのだと、、

どてんと
構えて
あまり経験できない時代を
通して学びを得て

春へと歩きます

god bless you