慶応義塾大学のイベント、


木を見て森も見るスピリチュアル学:スピリチュアル4.0」第2回に行ってきました。


幸福学を科学的な観点から研究をされている


前野教授と、組織開発等で活躍されている、


かなりサイキックなほしのしほさんが登壇し、


科学とスピリチュアルは本質的には矛盾しないことを


語りあう。


http://sprtl4part2.strikingly.com/


科学は木を調べて検証することが得意だけど、


森は見れない。


今回のテーマは、「幸せと死」。


1.0は原始宗教。


2.0は大宗教。


3.0は最近のスピブーム。(ふわふわ)


そして、4.0では、


ふわふわから、より現実的に、


自分の命をいかに生きていくか


自分が何者であるかを表現していくこと、


自分の命をどのように輝かせていくか、ということ。


どのようにこの世界で、


本質の自分をあらわしていくか。


「UFO見たよ」とか、「わたし見えるんです」


とかは本質じゃない。


(それも、魅力的だしおもしろいんだけどね。)


今回、いちばん印象に残ったのは、


指標や評価基準を作ることで


本質からズレるという矛盾。


前野教授は幸福学を研究されるなか、


アンケートを取って、


これこれこういう状態が「幸せランク3」のような


めやすとなる指標を作ろうとした。


でも、そのようなランキングを作ることで、


例えば「幸せランク3の人は、


標準的な幸せだといえる」となったら、


「じゃあ幸せランク3じゃないわたしはだめなのね!」


ととたんに比べて不安になる人が出てくる。


そして、ほんとうの自分の幸せは、


「幸せランク3」ではないかもしれないのに、


「そこにいなければならない」という


強迫観念を持ってしまう。


あるいは、


コーチング等で使われるような


指標としての成長モデル


(超古典的で有名なのだと、マズローの


欲求5段階説とか)で、


https://www.motivation-up.com/motivation/maslow.html


例えばいちばん上の階層だと「認定」、


誰かにお墨付きをもらうととたんに


慢心が起こり、下の階層の人や状態を見下したり、


自分のほうが上なんだと思うことで、


成長が止まる。


(止まるだけでなく、下の階層そのものを否定する)


そもそも、成長モデルがあることで、


「上の階層のほうが良いんだ」ということに


なってしまう。


本当は上も下もないのに。


スピ業界だと、


「わたしは今回の人生で、転生は最後なんです」


とか、自ら言っちゃうやつもけっこうそうかもしれない。


外側にはないものの基準を、


外側に作ることで、起きてくる矛盾。


そんな気がした。




最近の自分のテーマが、「劣等感」だったなぁと


ふと気づき。


勝手に誰かが自分より上とか、


自分が誰かより下だ、とかいうふうに見て。


わたしもここにハマっちゃってた!とわかった。


もう、ホントに、


自分しか、見なくて良いのだろうなぁ…。


自分のなかの「批評家べきべきくん」と、


付かず離れず、良い距離をとりながら。






ところで次回イベントでは、


誰かゲストを呼ぼう、さとうみつろうか、


Happyちゃんあたり、なんて前野教授、


強気だったけど、本気かな??w


わたしはアンケートに、


「ゲストはプリミ恥部さんで」と希望いれときました。






パクチー芽が出てきた🌱かわゆい❤️