2004年から2006年にかけて、爆発的な流行を生んだケータイ小説。女子高生を筆頭に人気を集め、書籍化や映画化が立て続けに行われた。誰でも気軽に始められ、気軽に読むことができる、技術の進歩が生んだ流行である。毎日多くの作品が更新され、一握りの作品が世に出ることになる。
以下は、「日本ケータイ小説大賞」主催で、ケータイ小説サイト「野いちご」を運営する、「スターツ出版」書籍編集部プロデューサーの、小嵜力さんのお話である。
「やはりケータイという身近なツールで文章を読めることが人気の理由ではありますね。『本は難しくて嫌いだ』と思っている人も、他人の日記を読む感覚で手軽に読み始めることができる。それから、一般の方が書いた作品が多いので、表現がストレートで感情移入しやすい。今は、いろいろな作品があるので一概には言えませんが、いじめや恋愛などを通じて感じた気持ちを、気取らず素直な言葉で綴った作品が多く、読み手が自分の日常と重ねながら“共感”できるんです。最近は、実話ベースのノンフィクション系恋愛小説だけでなく、芸能人と主人公が恋に落ちるなどの妄想恋愛系も人気ですね」
「場所や人物を限定しすぎると、その場所に行ったことのない読者は、自分の日常として想像できずに退屈してしまうので、そのへんは読者の想像力を信じて任せた方がいいですね。それよりも、飾らない言葉でいいので、主人公の気持ちが手に取るようにわかるくらい細かく描写して、『この気持ち、私もわかる!』と、“共感”できる作品にすること。心に響くパワーが大切なんです」
( http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/wxr_detail/?id=20071126-90003193-r25 )
ということだ。紙の本では読めないが、ケータイで文章を読むことはできるという現代人っぽい理由だ。最近では電車やバス、歩きながらなど、携帯を手にしていない人を探すほうが困難である。さらには家の中でも常に携帯を手にしている人も多いだろう。一日二十四時間のうち、どれだけの時間を携帯に支配されているだろうか。多くの人が携帯に支配されている現代だからこそ、ケータイ小説が流行したともいえる。また、その手軽さだけではなく、「共感」というキーワードがある。書き手がプロではないので、よりいっそう自分と重ねあわせることができる。共感できるからこそ、感動し、夢中になってしまう。
また、違うウェブページで、以下のようなケータイ小説に組み込まれているキーワードを見つけた。
1.自殺(未遂も含む)、2.交通事故、3.難病(ガンなど治療法が確立している病気も含む)、4.いじめ、5.援交売春、6.妊娠、7.中絶・流産、8.DV、9.レイプ(未遂も含む)、10.ドラッグ
( http://hakaiya.com/20101204/movie-12945 )
ケータイ小説で大ヒットとなった、「Deep Love アユの物語」では、「難病」、「いじめ」、「援助交際」、「妊娠」、「レイプ」、「ドラッグ」、という6つものキーワードが組み込まれている。
また、ケータイ小説最大のヒット作品、「恋空」は、新垣結衣や三浦春馬が出演し、主題歌も日本を代表するロックバンド、「Mr.Children」の「旅立ちの唄」を使用するなど、大々的に作られた。「自殺」、「難病」、「いじめ」、「妊娠」、「中絶・流産」、「レイプ」、という、こちらも6つのキーワードを組み込んでいる。
メジャーなケータイ小説映画の最後は、「携帯彼氏」、というなんとも理解しがたい題名の映画である。「理想の彼氏、ダウンロードしますか?」、というキャッチフレーズが使用され、ケータイゲームで作った擬似彼氏に呪い殺されるという、都市伝説系のホラー映画である。
私は、技術が進歩し、情報化社会になった現代だからこその流行であったと考える。携帯ひとつで誰とでも、どこででも、顔を見ずに文字を使ってコミュニケーションがとれる時代。それは実際に会って顔を見てコミュニケーションをとるのと、文字を使ってコミュニケーションをとるのと、バランスを崩してしまうと、携帯にすべてのコミュニケーションツールを託してしまうことになりかねない。
携帯の中で、携帯とともに生きていく自分が、現実の自分とかけはなれてしまうと、バーチャルで生きる人間になってしまう。先ほども紹介した、擬似彼氏も、映画の中だけではなく、実際の社会で有り得ていることだとも思う。現実から目を背け、バーチャル彼氏を作り、ネット上で生きる人間が多いだろう。
だから、顔を見てのコミュニケーション能力が低下し、家族や友人に悩み事をうまく話せなかったり、相談できない人が増えている。誰も共感してくれないのではないだろうかと、不安でいっぱいになる。現代に生きる私たちは、携帯に支配され、コミュニケーション能力が低下したため、「共感」することに大きな感動を覚えた。そして、その共感を、ケータイ小説では多く生み出している。
爆発的な人気ではあったが、今の私の考えに当てはまらない人は、ケータイ小説を好んでいなかったのではないだろうか。たとえば、あまり携帯を使わない人や、現実世界でコミュニケーションを十分にとれている人、悩みや相談ができる仲間がいる人、など、そのような人達にとっては、ただの茶番劇だったことだろう。
私は、ケータイ小説を生み出した仕掛け人の策略は、現代に生きる私達の弱みを理解していて、それが見事にフィットして大成功をしたと思う。しかし、私はこれからの時代を考えると、あまり良くないと思う。
「共感」や「感動」を生むことは素敵だが、私は、顔を見てのコミュニケーション能力を上げたほうが良いと考える。ケータイ小説が売れるということは、それだけ読み手がいるということだ。つまり、バーチャルの世界で生きていて、現実の世界に「共感」や「感動」を生み出すことができずに、現実から目を背け、ネット上に依存している人が多いということだ。
私は、現実の世界でコミュニケーションをとりながら、「共感」や「感動」を生み出す人が増えていくことを願う。
以下は、「日本ケータイ小説大賞」主催で、ケータイ小説サイト「野いちご」を運営する、「スターツ出版」書籍編集部プロデューサーの、小嵜力さんのお話である。
「やはりケータイという身近なツールで文章を読めることが人気の理由ではありますね。『本は難しくて嫌いだ』と思っている人も、他人の日記を読む感覚で手軽に読み始めることができる。それから、一般の方が書いた作品が多いので、表現がストレートで感情移入しやすい。今は、いろいろな作品があるので一概には言えませんが、いじめや恋愛などを通じて感じた気持ちを、気取らず素直な言葉で綴った作品が多く、読み手が自分の日常と重ねながら“共感”できるんです。最近は、実話ベースのノンフィクション系恋愛小説だけでなく、芸能人と主人公が恋に落ちるなどの妄想恋愛系も人気ですね」
「場所や人物を限定しすぎると、その場所に行ったことのない読者は、自分の日常として想像できずに退屈してしまうので、そのへんは読者の想像力を信じて任せた方がいいですね。それよりも、飾らない言葉でいいので、主人公の気持ちが手に取るようにわかるくらい細かく描写して、『この気持ち、私もわかる!』と、“共感”できる作品にすること。心に響くパワーが大切なんです」
( http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/wxr_detail/?id=20071126-90003193-r25 )
ということだ。紙の本では読めないが、ケータイで文章を読むことはできるという現代人っぽい理由だ。最近では電車やバス、歩きながらなど、携帯を手にしていない人を探すほうが困難である。さらには家の中でも常に携帯を手にしている人も多いだろう。一日二十四時間のうち、どれだけの時間を携帯に支配されているだろうか。多くの人が携帯に支配されている現代だからこそ、ケータイ小説が流行したともいえる。また、その手軽さだけではなく、「共感」というキーワードがある。書き手がプロではないので、よりいっそう自分と重ねあわせることができる。共感できるからこそ、感動し、夢中になってしまう。
また、違うウェブページで、以下のようなケータイ小説に組み込まれているキーワードを見つけた。
1.自殺(未遂も含む)、2.交通事故、3.難病(ガンなど治療法が確立している病気も含む)、4.いじめ、5.援交売春、6.妊娠、7.中絶・流産、8.DV、9.レイプ(未遂も含む)、10.ドラッグ
( http://hakaiya.com/20101204/movie-12945 )
ケータイ小説で大ヒットとなった、「Deep Love アユの物語」では、「難病」、「いじめ」、「援助交際」、「妊娠」、「レイプ」、「ドラッグ」、という6つものキーワードが組み込まれている。
また、ケータイ小説最大のヒット作品、「恋空」は、新垣結衣や三浦春馬が出演し、主題歌も日本を代表するロックバンド、「Mr.Children」の「旅立ちの唄」を使用するなど、大々的に作られた。「自殺」、「難病」、「いじめ」、「妊娠」、「中絶・流産」、「レイプ」、という、こちらも6つのキーワードを組み込んでいる。
メジャーなケータイ小説映画の最後は、「携帯彼氏」、というなんとも理解しがたい題名の映画である。「理想の彼氏、ダウンロードしますか?」、というキャッチフレーズが使用され、ケータイゲームで作った擬似彼氏に呪い殺されるという、都市伝説系のホラー映画である。
私は、技術が進歩し、情報化社会になった現代だからこその流行であったと考える。携帯ひとつで誰とでも、どこででも、顔を見ずに文字を使ってコミュニケーションがとれる時代。それは実際に会って顔を見てコミュニケーションをとるのと、文字を使ってコミュニケーションをとるのと、バランスを崩してしまうと、携帯にすべてのコミュニケーションツールを託してしまうことになりかねない。
携帯の中で、携帯とともに生きていく自分が、現実の自分とかけはなれてしまうと、バーチャルで生きる人間になってしまう。先ほども紹介した、擬似彼氏も、映画の中だけではなく、実際の社会で有り得ていることだとも思う。現実から目を背け、バーチャル彼氏を作り、ネット上で生きる人間が多いだろう。
だから、顔を見てのコミュニケーション能力が低下し、家族や友人に悩み事をうまく話せなかったり、相談できない人が増えている。誰も共感してくれないのではないだろうかと、不安でいっぱいになる。現代に生きる私たちは、携帯に支配され、コミュニケーション能力が低下したため、「共感」することに大きな感動を覚えた。そして、その共感を、ケータイ小説では多く生み出している。
爆発的な人気ではあったが、今の私の考えに当てはまらない人は、ケータイ小説を好んでいなかったのではないだろうか。たとえば、あまり携帯を使わない人や、現実世界でコミュニケーションを十分にとれている人、悩みや相談ができる仲間がいる人、など、そのような人達にとっては、ただの茶番劇だったことだろう。
私は、ケータイ小説を生み出した仕掛け人の策略は、現代に生きる私達の弱みを理解していて、それが見事にフィットして大成功をしたと思う。しかし、私はこれからの時代を考えると、あまり良くないと思う。
「共感」や「感動」を生むことは素敵だが、私は、顔を見てのコミュニケーション能力を上げたほうが良いと考える。ケータイ小説が売れるということは、それだけ読み手がいるということだ。つまり、バーチャルの世界で生きていて、現実の世界に「共感」や「感動」を生み出すことができずに、現実から目を背け、ネット上に依存している人が多いということだ。
私は、現実の世界でコミュニケーションをとりながら、「共感」や「感動」を生み出す人が増えていくことを願う。