こんにちは
前回の続きです。
まずもって
「PTAなんて引き受ける人の気が知れない!!」と思っている私(嫌なやつ(^^)v)
願わくば、この6年間は
しれーー!ーーーと何も受け持たずやり過ごすにはどうしたらいいか?!
に尽力を注ぐタイプでして
なのに、副会長を引き受けたことは
やはり
頭を強打した
か
魔(間)が差した❗️
が適切な解析になる気がしてきた(*^O^*)
先日、テレビを見ていたら
こんな特集が組まれていました。
PTAの活動をしないように気を使う時期
である!と。
「PTAを免れるために、どうして引き受けられないかをみんなの前にたって説明する学校があり、人によっては涙ながらに引き受けられない理由を語るそうです。」
そんなことあんの?!(・・;)
嫌がらせじゃん!
だから引き受けたくなくなるよね~
酷すぎる!( ̄▽ ̄;)
私ならば怒るところだけどね
でも、、、その場にいたら声出せないで、さっさと軽い役割について終わらすんだろーなー(・・;)しれーーと
嫌なやつだ私(以前から思ってはいたけど(^-^))
副会長をして思ったのが
学校内だけでなく、市や区とのやりとりもする役割なので同じ地区の小学校と中学校、父母、地域の商店のかたたちとのやり取りも視野に入るので地域への思いが出てくるのは不思議
今後はこの蓄積になるから、地域への愛着が育まれるのかなーーー?!
そういえば思い出した。
母は10数年間PTAをやっていた筋金入りの父母会の大奥だったことを。
そんな母をみていて
人のためにすることは、犠牲を払うことだと思った。嫌なことも学びだと引き受けたり、子供のためといいながら体を壊してまで動いていたり、ハッキリとは覚えていないけど多分ぼやいてもいたとも思う。そんなのも聞いていたから嫌ならば止めればいいのに何故引き受けるんだ?!偽善者だ!!
とか思っていた。
人のためというが子供の私から見たら、その限りではなかった。
だから、PTAを引き受ける人たちが「子供がより良い環境で過ごしてもらいたいから」とか言うのを「いやいや、本当はそう思ってないでしょ」と斜に構えてみている私がいた。
そんな内面を発見できた。
この犠牲心根性は
日本の心根かもしれないけど
とにかく根深く私の奥底に静かにひっそりと佇んでいる。重鎮の域だね( ̄▽ ̄;)
犠牲だろうが
偽善だろうが
人のためにだろうが
どちらでもよい!!
どんなあり方で向き合うかが大事だ🎵
どんな姿勢
どんな態度なのか?!
それは
どんなあり方(自分をどう思うのか)なのか?!
どのように自分を認識しておるのか?!
がキーになる🗝️
今回引き受けたのは
学校や教育について知りたい!と思ったから
息子が学校に通うようになり、自分が通学していたときと変わらない部分と変わった部分があり
見えないシステムがあり違和感が半端なくて
AIが当たり前の時代に現在の教育システムや
日本の教育の在り方を、親という立ち位置から今までにない角度からの景色を見たかったから
です。
やはり
魔(間)が差した✨(^^)d
認識の変化は
世界をかえるのだ^_^)/▼☆▼\(^_^)
