ボチボチいこか -6ページ目

ボチボチいこか

日々想うことを正直に書いていきます。

友達が未だに入院中。。。



奈良・フェイスブック制作代行・広告スペースシェアリング

でもやっと歩けるようになりましたo(^▽^)o


仕事中コンクリートミキサー車の一番高い所から落ち


いびきをかいていると聞いた時は


正直もう駄目なのかなと思ったけど


今こうしてただ一緒に歩けるだけで


とても嬉しい。


そんな彼は奥さんと5年ほど前から別居中(w_-;


だけど事故が遭った日奥さんは旅行先の京都から駆けつけた。


そして今も家から往復2時間かかる距離なのに


毎日やってくる。


奥さんがふと言った


「生きていてくれて良かった」という


言葉にすごく愛を感じました。


夫婦って距離をおいたほうがいい時期もある。


だけど絶対に離れちゃいけない夫婦は


どんなカタチであれ気付かせてくれるもの。


家族にとって自分はかけがえのない存在に


なれているだろうかと


考えさせられました(^-^)

私が物心ついた頃には母は宗教に入信し熱心な信者だった。


幼い頃から当然の様に宗教の集まりに連れて行かれる事が


とても苦痛だった。


大人になる頃には宗教という言葉にさえ拒否反応を


起こすほど嫌いだった。


そして信者だった母をも嫌いだった時期が正直あった。


宗教の自由。


でも子供にとって選ぶことは出来ない。


少なくとも私には全くの選択肢は無かった。


何を信じるか崇拝するのかは個人の自由。


だけど強制・強要はしてはいけない。


神様が見ているから・・・


とてもいい教えだと今は思う。


本人が信じ、心の拠りどころにするのは自由だから。


そんな母親が去年亡くなった。


母の訃報を聞き実家へ駆けつけてくれた人の数は


余裕で100人を超えていた。


母は沢山の花そして人に囲まれていた。


目は口ほどにものを言う。


知らない人でも目を見れば分かる事が


たくさんある。


実家へ駆けつけてくださった全ての方が真剣に


涙を流し母との思い出を語ってくれた。


何人もの人が泣き崩れ立てない程になる姿を見て


初めて気がついた。


母が愛されていたこと。


何かを信じ共に歩む仲間がたくさんいたこと。


ただそれが宗教という枠の中に入っていただけのこと。


昔、自分が死んだとき何人の人が本当に心から悲しみ


涙を流してくれるのだろうかと考えたことがあるが


数人しか思い浮かばなかった。


心から自分の死を悲しんでくれる仲間


それは簡単につくれるものじゃない。


それは母がしっかりと生きた証。


子供に、こんなことを思わせるということは


母は決して間違っていなかったんだと


今改めて思う。


もうすぐ母の一周忌・・・


今でも実家には沢山の花や果物


そして私たち家族の健康を祈る手紙が


たくさん届きます。



奈良・フェイスブック制作代行・広告スペースシェアリング