小学校の時、割と仲良くしていた まこと君(通称マコッチ)という友達がいた。

 

  マコッチの家は母子家庭で、そのせいかどうかは知らないけど ちょっと寂しそうなところもあった。

  でも背が高くて 優しいゴジラのような顔をした 茶目っ気のある子だった。

  そんな彼と 僕は気が合った。

  お互いの家を時々行き来して遊んでいた。

 

  それはあの恐ろしいヤンキーガラパゴス中学(仮)に入学する前のことだった。  

 

  僕とマコッチは一緒に学校から帰っていた。

 

  突然マコッチが言った。

 

  「クーちゃんは、俺が中学に入ってヤンキーになったら 友達でいてくれる?」

 

  僕は 「え~~ 絶対嫌や"(-""-)"」と返事した。

 

  嫌や・・・というよりも何かの冗談だと思った。

  背は高いけど優しい顔をしているマコッチは ヤンキーというイメージとそぐわない。

  冗談だと思ってるから 僕もそっけない返事をした。

 

  マコッチも僕の返答に特に何も言わなかった。

  

  ところがどうもそれは冗談ではなかった。

  彼とは中学では別のクラスになったが、どうもヤンキーとつるんでいるというような噂が僕の耳にも入ってきた。

 

  いったいヤンキーたちは どのような過程でヤンキーとなっていたのだろうか。

  彼らの大半は 中学入学時からヤンキーだ。途中デビューの話しは僕は聴いたことがない。

  ということはだ、彼らは 入学する前に 「もう中学は3年間ヤンキーでいく」と決めていたことになる。

 

  そして同じ志を持つヤンキー仲間と示し合わせ、新入生デビューするのか。

  あるいはすでに中学生のヤンキーから、小学生のヤンキー予備軍にお誘いがかかる、というような上下のつながりもあるのかもしれない。

 

  もしかすると地域の闇社会との関りもあるのだろうか。

 

  ヤンキーだったことがない僕には想像するしかない。

  しかし、どうもマコッチは 僕に変な質問をした時には すでに誰かから誘いがかかっていたのかもしれない。

  今となってはそう思う。

 

  まさか本当に彼がイグアナに・・・じゃなくて、ヤンキーになるとは思ってなかった僕はショックだったと思う。

  というか 意味が分からなかった。

  なんで小学校の時全然 普通だったのに 中学からはヤンキーになんなきゃいけないんだよ・・・。と。

  だいたい、ガラじゃないだろ。

  

  ある日、思わぬところでマコッチと再会することになった。

 

  中学からの帰り道。雨が降っていた。

 

  人気のない道を歩いていた時、遠くの方にヤンキーの集団がいるのが見えた。

 

  彼らは誰かを囲んでいた。囲まれているのはマコッチだった。

  ヤンキーたちは何か言いながら 去っていった。

 

  恐る恐る近寄ると 雨にずぶぬれで ケガをしている様子のマコッチが座り込んでいた。 

 

  どんな言葉をかけ 何を話したか覚えていないが ボロボロのマコッチを連れて家に帰った。

  

  とりあえず僕の部屋で、タオルや Tシャツを貸してやり 着替えてもうらうことにした。ケガはそれほどひどくはなさそうだ。

 

  どうしてこうなったのか、彼は詳しいことは語らなかった。

  でも、僕には彼が 似合わないことをしてるように思えて仕方なかった。

  無理してヤンキーなんかになろうとするから こんなことになるんだよ・・・向いてないんだよ。

 

  マコッチが僕のCDコレクションを見たがったので、見せると 彼は中島みゆきのCDに注目した。

 

  中一の僕が中島みゆきのファンだったわけではない。

  ユーミンのCDが欲しいと祖父にねだると、どこをどう間違えたのか 中島みゆきのCDをプレゼントされたのだった。

  僕は 誰やねんこれ!!(知らなかったのでねw) とがっかりして ほとんど聴くこともなく 棚にたてかけていた。

  

    マコッチは 「・・・『時代』、聴かない?」と 僕に言った。

 

  時代??って

  見ると CDの一曲目が『時代』という曲だった。

  言われたとおりに再生ボタンを押す。 

 

  短いイントロのあと 『今はこぉ~~んな~~に かなぁ~~しくてぇ~~~』とあの歌声が突き上げてきた。

 

 

  『そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ

  あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ

  だから今日はくよくよしないで 今日の風に吹かれましょう・・・

 

  まわるまわるよ時代はまわる 』

  

 

  その瞬間

 

  ぞわぞわぞわーーっという

 

  何か鳥肌のような 悪寒のようなものを感じた。

 

  ヤンキーに雨の中ボコられて、友達の部屋で タオルを借りて 悲しそうに着替えてる マコッチ・・・・

 

  いやいやいや

 

  この歌とこの情景 フィットしすぎだろ。

 

  フィットしすぎて 逆に気持ち悪いだろ。 

 

  このドはまりしすぎる曲を自分でBGMに選曲するマコッチの感性って

 

  ・・・普通 ちょっと恥ずかしくないか・・

 

  なんなん? 可哀そうな自分を演出してるのか マコッチよ

 

  そういう複雑な思いもあったが 選曲が的確過ぎて 彼への同情もまた強くなっていった。

 

  マコッチは小学生の頃から小田和正の曲とか聴いていて、僕にも編集したテープを貸してくれたことがあった。

  僕も透明な歌声が気に入って よく聞いていた。  

  音楽に詳しかったんだろうと思う。  

 

  もしあの時 マコッチが 「時代」なんて選曲をしなければ あの日のことも そんなに鮮明に僕の中に残りはしなかっただろう。

 

  そして今でも『時代』を聴くと 悲しそうに体をふいたり着替えている マコッチを想いだしかねないのも ちょっと悔しいところだ。

  勝手に自分主演のPV作って 僕の心に刷り込んだ感じだからね。

  

  結局彼は中学の3年間ヤンキーを通した。

 

  中三の時に同じクラスになったけど、お互い住む世界が離れすぎたのか 一緒に遊ぶことも 話すこともあまりなかった。

  ちょっと寂しかった。もう彼と僕は違う世界に住んでいるんだなと思った。

 

  子供の時は みんな個性があるけど、お互い近い世界に住んでいる。

  お医者さんの子供も サラリーマンの子供も お金のある子も ない子も ひとつの<場>を作れる

 

  でも大きくなるにつれて みんなそれぞれの世界に生きるようになり、同じところではなく 互いの違いを見つけることが得意になる。

  みんなと違う自分になる というのは成長のために必要なことなのだろう。

 

  わざわざヤンキーになるという選択をして 僕の住む世界から遠のいた マコッチ。

  中三の修学旅行の写真にも 写真の一番端っこで上目遣いの いわゆるメンチを切る ような表情で写っている。僕とはずいぶん離れて。

 

  でも、小学校の時のクラス写真に写った あどけない彼の笑顔が 彼の本当の表情だったと僕は思っている。