何日か前、通勤途中コミコミの西武線に揺られて「あー今日も混んでるなー」とため息ついてる時、

 

  ふと、餅つき機の中で ぐおんぐおんと回転しながらもち米が立派なもちになっていく様子を思い出した。

 

  人の記憶ってどういう構造なのかわからない。

 

  今の状況と全然関係ないことが 時々頭を過る。

 

  なぜコミコミの西武線の中で、2,30年前の(かなりざっくりボヤカシとくw) そんな記憶を思い出すんだろうか。

 

  あれは子供の頃のお正月だ。

 

  毎年家で お正月前には お餅をたくさん作っていた。

 

  白いのや 緑色のや 小豆や 栗の混ざったような いろんな種類のお餅。

 

  丸いのや 四角いの お供え用のと とにかく 大量に作られた。

 

  杵とうすじゃなかったけど かなり大型の家庭用餅つき機があった。

 

  出来立てのおもちを 砂糖醤油なかんかで 食べるのはとってもおいしかった。

 

  僕の家族は7人家族だった。

 

  おじいちゃん おばあちゃん 父と母 二人の弟 そして僕。

 

  クリスマスもお正月もほぼ頓着しない今の父からすると あのものすごく気合の入った年末の餅つきは

 

  やはりおじいちゃんと おばあちゃんの存在があったゆえだった気もする。

 

  きっとおじいちゃん おばあちゃんにとっては お正月にはうちで餅をつくのが当然だったのだ。

 

  僕は餅つきの進捗状況が気になり しょっちゅう 餅つき機の中を覗き込みながら 母やおばあちゃん 弟たちとふざけながら家の中を走り回っていた。

 

 ふと その雰囲気や匂いを思い出すと

 

 大家族の一員として 見守られながら 年末の雰囲気にはしゃいで できあがっていくお餅の塊をのぞいていたことがとても不思議に感じられる。

 

 そして なんだか動けるスペースや 場が その頃よりも少なくなってるような気がした。

 

 ワンルーム賃貸に暮らして 朝方こうやって満員電車に乗っている 帰りも多分混んだ電車に乗って ワンルームに帰るんだろう。

 

 そんな現在と比べると、その頃は 二階にあがって父と母と一緒のこたつに入りテレビを見たり、また下に降りて 祖父と祖母と一緒のこたつに入ってみたり 弟たちと家の周りを走ったり そしてもちろん7人全員で同じ食卓を囲んだりしていた。

 

 毎晩 毎朝・・・・7人で食卓を囲んでいたなんて とても信じられない。

 

 相当大きいテーブルが必要だったし、今 そんなテーブルを僕の部屋に置けばそれだけで部屋が埋まってしまう。

 

 そう考えると 今の暮らしが 子供の頃よりもずいぶん収縮してるような気がしてしまう。

 

 隣の家には仲の良い4つ年上のお姉ちゃんが住んでたし 行事の度に 親戚が集まったりしていた。

 

 今 僕は隣の部屋に住む人のことさえ良く知らない。

 

 今 部屋の中には子供の頃なかったものがいっぱいある。

 

 でも、自分の暮らしが豊かになってると言えるかは微妙だ。

 

 そして 子供の頃に感じた豊かさは きっと「家族の人数の多さ」の結果でもあったんだろう。

 

 父はアマチュア無線機に向かったり テレビで竹村健一がしゃべってるのを見てるし、祖父母は朝夕仏壇に向かい勤行してるし、僕はファミコンに夢中になってるし、弟たちはぎゃーぎゃーケンカしてるし・・・という世界だ。

 

 うるさかった。

 にぎやかだった。

 

 人の数だけ 多様な刺激があって それらがすべて豊かさだったのかもしれない。

 

 木の板の上に並んだ できたての 白や 緑や 黄色いお餅のように。