今判っているもので大きなものは二つあり、その一つがこれ。

TVアニメ“うる星やつら”の第87話、128・129話に登場する、メガネの重モビルスーツ。

あたるのクラスメート、押井守の長台詞と千葉茂のテンションを掛け合わせた二人の分身、メガネ。
彼が自身にとっての特別な戦いに赴く時に着用する自作の装束、それがこの重モビルスーツ。
ある覚悟と共にそれを着用し、自身の内側の有り様を変えさせるもの。
既存のキャラクターの装束でもなく、白装束や特攻服の様に様式に裏打ちを求めるものでもない。自身がそうと決めているだけの特別な装束。特別な顔。それを有事の為に自作して所有している。
自作して…!
あんなSFの世界だけど、この装束はモビルスーツとは名ばかりの純然たるハリボテ。その性能は防具としての微々たる力だけ。
実際、このマスクの下で、メガネは状況への恐れから泣いていたりする。

でもメガネはこれを着、死地へ赴くのだ!

その時、彼はこれを「これを使う日が来ようとはな…」と、勿体ぶった様子で着用する。128話に至っては遺書まで書いている。



非常にバカで痛いが、僕はこの彼の姿に中学校二年生の時に出会った。世に言うあの“中二”だ。当時、その言葉はなかったけど、僕もまた非常に重度なその病気のキャリアであった。この彼の姿が胸に残らないはずがない。

そんなものを自作してしまうという自由、可能性。作ったその人格が、別の顔ではあるが、他の何者でもなく、自身でしかないという事。
痛いだけのはずのそれが、彼の独白と暴走のキャラクターによって、不思議な存在感を持って見えた。
この時、彼の目線にシンクロしたオタク男子は僕だけではなかったはず。
ここで打ち込まれた何かが、後にたねマンを誕生させた一つの大きな要素だった様に思う。
まあ、たねマンは覚悟はおろか、現状、自我すらも曖昧だけど。
もしかしたら、押井守監督自身もそのシンクロの当事者であったのかも知れない。
有名な話だけど、これがあのケルベロス・サーガの原点なんだもんね。

おしまい。