こんばんわ。
クーイの菱沼です。
3月はたくさんブログを書こうと思っていたのに…
間が空いてしまいました。
今、東北・首都圏にかけて本当に未曾有の危機です。
今回の震災で被災されたの皆様に心からお見舞いを申し上げますとともに
ひとりでも多くの方の無事を心からお祈りしております。
私は仙台出身なので心が痛む毎日でした。
生まれ育った街が一瞬にして黒い波にのまれていく映像を
何回目にしたかわかりません。
私は被災地が本当に地元なので、ニュースを見ていても
どこの映像なのか分かることが多くあり、
遊びに行った海も、ショッピングモールも
何もかも無くなってしまいました。
慣れ親しんだ風景が全く違う景色になってしまいました。
幸いにも家族は無事だったのですが、
数名の友達と今まだ連絡が取れていない状況です。。。
やっと連絡が取れた友達はみんな必死に生きていました。
看護師の友達は震災後ずっと仕事をしているということだったのですが、
未だ両親は行方不明だそうです。
学校で栄養士をしている友達は家に帰らず
学校が避難所になっているため毎日数百個という
おにぎりを握りひたすらくばっているそうです。
街のほとんどを津波で失った街に住む友達は
電気も水道もガスも無い生活が10日を越し精神の限界だと言っていました。
それでも、自分もお腹すいているのに「これからの人が多く食べた方がいい」と
配給を分けてくれるお年寄りの方がいるそうです。
今はその人への感謝の気持ちだけで生きていると言っていました。
私が東京で暖かい部屋で寝ている時、90歳の実家にいる祖父母は
電気も暖房もないガラスの散らばった家で寝ているかと思うと
本当に胸が締付けられる想いでした。
多くの人が今、何が出来るかを考えたと思います。
今の私に何が出来るかといったら節電、募金をすることくらいで、
地元の為に何もできない無力さを痛感させられる毎日でした。
東京ではテレビ番組も徐々にいつも通りになりCMも流れるようになりました。
震災前の東京に戻りつつある嬉しさ半分、
このまま忘れられていくのかという切なさが半分という感じです。
しかし、ここ最近の東京には驚くばかりでした。
いつもは電車が5分の遅延でもお客さんが駅員に詰め寄っている光景が
運転ダイヤが混乱していても淡々ホームに多くの人が並ぶ光景に変わっていました。
いつもは、どちらが目立つか競っているネオンもひっそりとして
お店が営業しているのかいないのかも分からない状態。
私の会社でも暖房は止まり、必要最低限の電力しか使っていません。
また、計画停電などでたくさんの迷惑を関東の方にお掛けしています。
本当に多くの方のご協力に感謝の気持ちで一杯です。
まだまだ復興までには果てしない時間が必要だと思います。
しかし、この危機を脱する力を日本は持っていると信じて
私は日本のため、故郷のために一生懸命、生きていきます。
多くの人が
今、何が出来るかを考えることが出来た日本は
かならず復興することができると信じています!!
共に生きていきましょう。





