今回は大アルカナの1番めに登場する魔術師です。

 

 

 ヨーロッパにおける魔術師といえば,ケルト人の祭司ドルイドでしょう。

 ケルト文化というと,どうしてもアイルランドらへんを思い浮かべてしまいますが,もともとヨーロッパの広範囲に住んでいて,その土着文化として今でもヨーロッパ文化の古層を形成しています。

 

 

 ヴィスコンティ家の治めたミラノも,もとはケルト民族が築いた都市で,ケルト文化の色彩も強い土地柄だったようです。

 古代ヨーロッパの宮廷には,ドルイドのような魔術師が召し抱えられていました。

 このあたりは,金枝篇に描かれたネミの森の信仰に色濃く現れている気がします。

 

 

 

【ヴィスコンティ版の魔術師】

 

 

 中世の魔術師は,市のお祭りで奇術を披露し喝采を受けるエンターテイナーでした。つまり,人間の創造力や知力を示す存在でした。

 一方でこういった知力を自身の立身出世に使う者もおり,魔術師を詐欺師と蔑む人々もいました。もともと,奇術は相手を騙すところに成立するものであり,その大本に「狡猾さ」「ずる賢さ」といった素養も含まれていました。

 

 

 上の図では,魔術師と一緒に棒・剣・杯・貨幣が描かれています。

 この4つは,魔術師のアトリビュート(その人物を示す小道具や動植物で必ず絵画にセットで描かれる図像)であるとともに,ヨーロッパ神話や聖書に必ず登場する四聖物でもあります。

 

 魔術棒はいわゆる杖で,ドルイドは必ず手にオークの木で作られた杖を持った姿で描かれます。

 この当時の魔術師の奇術は,見物人のコインを用いたり,カップの中のボールを隠す,ナイフで自分を突き刺す,といったものがスタンダードでした。今のマジシャンと同じですね。

 

 

 

【マルセイユ版の魔術師】

 

 マルセイユ版の魔術師では,ヴィスコンティ版には記載のないサイコロが加わっています。サイコロは,未来の不確実性を表し,その運命を操るのが魔術師の能力,ということになります。

 上の絵ではわかりませんが,この3つのサイコロの出目は決まって1・2・4で合計が7となっています。 「7」は,シュメール人が発見した7惑星と,それをもとに編み出した7曜日などでも分かる通り,神聖な数です。

 

 マルセイユ版の魔術師のポーズは,体の向きと顔の向きが必ず反対となっており,これは「振る舞いと考えていることは別である」という魔術師の性質を示しています。

 

 

 

【ウェイト版の魔術師】

 

 ウェイト版の魔術師でも,これまでの伝統を踏まえ,机の上の小道具は,杖・貨幣(ペンタクル)・剣・杯の4つとなっています。

 

 これまでと違う点としては,カードの上部と下部にある赤バラと白百合があげられます。

 これもヨーロッパではお決まりのアトリビュートで,赤バラは血を流して殉死したイエスを表し,白百合は母性・純潔の象徴で聖母マリアを表します。

 

 頭の無限(インフィニティ)は,マルセイユ版で描かれていた帽子をアレンジしたものとされています。

 腰に巻かれたベルトも,「しっぽを噛む蛇(ウロボロス)」で,つまり『永遠』を意味します。

 

 ウェイト版魔術師は,正面を向き,右手は天を,左手は地を指差す,堂々たるポーズで描かれております。

 「天上天下唯我独尊」と喋ったブッダの誕生時のポーズですね。

 

 マルセイユ版魔術師に見られた,どこかいかがわしい雰囲気は消え,人間知性の永遠の進化をこれに表しているように思えます。