続きを読みます。

 

 ペストが猛威を振るう頃,医者たちはこんなことを議論していました。

 

 数名の医者は,焚火が市民の保健に役立たないばかりか,かえって有害である,と主張した。彼らはこのことで,喧々囂々たる議論を吐き,市長に対して非難を浴びせかけた。ところがまた逆に,同じ医者仲間の者で,しかも有名な人たちが,その意見に反対して,なぜ焚火が悪疫の猛威を和らげるのに有効であるか,有効でなければならないか,その理由を述べた。私は両者の議論を十分に説明することはできないが,ただ覚えていることは,両者が互いに相手の欠点をあばき立てたということであった。

 

 疫病蔓延で,専門家もささくれだって,些細な意見の対立がすぐ誹謗中傷になる,あるいは施政者批判に向かう,ということですが,これもコロナ流行下の日本で見られる現象ではないかと思います。

 

 

 

 8月中旬を過ぎると,ペストの症状自体に変化が見られました。

 

 不思議なことは,この頃の症状は,6月,7月,および8月初旬の頃の一般的な症状とは全然違っていたことである。前にも言ったが,その頃に病気に罹ったものは,罹ったままで幾日も生き続け,血管の中に病毒を養った挙げ句,ぽっくり死んでいったものが多かったのである。ところが今度は反対で,8月の後半の2週間,9月前半の3週間のうちに罹病したものは,どんなに長くても2,3日で大体死んでいった。罹ったその日に死んだ者も多かった。

 

 デフォーの記述を見る限り,流行初期から8月初旬までの間,感染が広がったのは「腺ペスト」だったと思われます。そして,8月下旬に至るまでに,腺ペストから肺ペストに移行したことから,8月~9月に感染爆発が起こったものと考えられます。

 

 腺ペストの症状は,発熱・悪寒・倦怠感・嘔吐など風邪の諸症状の他に,リンパ節の腫大が見られます。これは体内に侵入したペスト菌がリンパ節で増殖,免疫機能が働き殺されたペスト菌が蓄積,そしてリンパ節に膿がたまるといった経過をたどります。このリンパ節の腫脹が激痛をもたらしますが,これを切開するなどして破れば,そこからペスト菌が外に排出され,患者は助かると考えられていました。

 

 この膿が外部に排出されず血液を介して全身に回ると,敗血症を起こし,全身の皮下に黒い出血斑が見られ,さらには手足の壊死を引き起こします。患者の全身に黒い斑点や黒いアザが生じるため,中世ヨーロッパで流行したペストは『黒死病』と呼ばれました。

 

 腺ペストや敗血症ペストは,潜伏期間は数日から1週間程度で,その後症状が現れ,(本書の記述を見ると)数日間~2・3週間後に死を迎える,といった経過をたどるようです。以前の記事で紹介した,路上でバタンと倒れそのまま死亡した急死患者というのは,敗血症のショック症状なのではないかと思われます。また,腺ペストや敗血症ペストはネズミに寄生したノミに人間が噛まれることで発症し,また患者の膿や体液などへの接触により感染が広がります。だから,ペスト菌は本来それほど感染力の強くありません。ロンドンや中世ヨーロッパで腺ペスト・敗血症ペストが広まったのは,ネズミが至るところにいてノミに噛まれる人がそれだけ多かったからなのでしょう。

 

 腺ペストや敗血症ペストが蔓延すると,ペスト菌が肺に侵入する肺ペスト患者も現れます。肺ペストの症状は,腺ペストの諸症状に加え気管支炎や肺炎による呼吸困難等が特徴的です。潜伏期間は腺ペストと同じく1週間程度ですが,致命率が非常に高く,また発病後の進行が早いのも特徴です。感染経路も,腺ペストは接触感染ですが,肺ペストは飛沫感染なので,感染力では雲泥の差があります。ロンドンでの大流行が8~9月にかけて起こったのは,もともとの腺ペスト・敗血症ペストに加え,肺ペストに病態が移行したことによるのではないかと思います。

 

 コロナウイルスも,流行初期は呼吸器症状に注目が集まり,いまでも呼吸器に重篤な症状を起こす病気だという見方がされています。これはそのとおりなのですが,一方で,COVID-19の重篤患者には,呼吸器障害以外に,かなりの割合で肝機能障害・腎機能障害・循環不全・心臓発作などが見られ,つまりはコロナウイルスが敗血症を引き起こしていたのではないかと推定されています。こうなると,人工呼吸器が間に合えばコロナ患者を救える,といった単純なものではなく,もっと幅広い全身症状に対応できるICUや医療スタッフの用意が必要になります。しかし,ニューヨークのように感染爆発が起きてしまえば,このような医療リソースを充てることは不可能なので,死亡者が増大してしまうのでしょう。それだけ,今回のコロナウイルスへの対応は,初期封じ込めが大事でそこに集中すべきだっと,ということは言えるのではないでしょうか。

 

 

 

 1665年8月頃には,ロンドン市民は,家屋閉鎖などの様々な措置をとってもペスト流行を食い止めることができないと思うようになっていました。絶望した人々の行動や思考形態にも変化が見られ始めます。

 

 ・・・ 最悪の3,4週間を通じ,意外な現象がそのために生じた。つまり,市民はやたらに勇敢になったのである。もうお互いに逃げ隠れしようともしなくなったし,家の中にひっそり閉じこもることもやめてしまった。それどころか,どこだろうがここだろうがかまわずに出歩くようになった。相手かまわず話しかけるようになった。・・・

 彼らがこうやって平気で公衆の中に交じるようになるにつれて,教会にも群れをなしておしかけるようになった。自分がどんな人間のそばに座っているか,その遠近などはもはや問題ではなかった。どんな悪臭を放つ人間と一緒になろうが,相手の人間がどんなようすのものであろうがかまうことはなかった。お互いにそこに累々たる死体があるだけだと思っているのか,全く平然として教会に集まってきた。

 

 日本では,そこまで死亡者が出ていないので,このような心境から破れかぶれで外出しまくる,ということはないかと思いますが,ニューヨークやリオデジャネイロなどの感染爆発を起こしている地域では似たような状況になっているのかもしれません。

 

 ただ,ロックダウンへの反発,自粛疲れというのはあるでしょうね。抑圧されると反動が起きるのは人間の性だと思います。日本でも,昨日(6/19)から外出自粛制限が解除されましたが,どうなるでしょうか。答えは2週間後にわかるわけですが,再度の感染流行が日本であった場合に,今回と同様に外出自粛制限に応じるかどうか,少なくとも“ゆるく”なると思います。

 

 イギリスでは,首相側近がロックダウンの最中に遠く離れた親戚宅に移動したとして非難されています。ただですらロックダウンの効果について,少なくとも経済的ダメージと比べて得られる効果が少ないのではないかと疑問符がついている状況下で,今後再度のロックダウンが必要になった際に,国民がまともに付き合うかは読めないのではないかと思います。

 

 

 

 すこし話は変わりますが,コロナウイルスが今後の日本の政治日程に影響を及ぼすが考えてみましょう。ここからは,完全に私の想像です。

 

 感染症対策としてロックダウンの最大の問題はこの点にあるのではないかと思います。まず,経済活動を一切止めると貯蓄のない社会的階層は耐えきれないため,そんな長期間継続できない。2ヶ月程度続けて,解除せざるを得ないわけですが,おそらく完全に感染を止めることはできないからまた数カ月後にはロックダウンしなきゃならない程度まで感染が流行りだす,そのときに国民が「またあの痛みに耐えねばならないのか」と強い反発を覚える。

 

 予定通りオリンピックを夏に開催していれば,その後に自民党総裁選をおこない安倍総理は勇退,あるいは党則を変えて総裁再選を目指すか,総総分離(党総裁と総理大臣を別の人が担う)体制等の選択肢があり,自民党総裁選のメディアジャックをそのまま引きずって衆議院選に打って出るという政治スケジュールが予想されていました。2021年9月には自民党総裁の任期満了となり,10月には衆議院選挙をしなければなりません。首相周辺としては,最も自身に有利となるのは上記のスケジュールに合わせ解散権を行使することと考えられます。

 

 問題は,いつコロナウイルスが再流行しだすかです。仮に,秋口に再度の外出自粛制限が必要となった場合,そうなったら政治に対する反発はものすごいでしょう。多分,予定していた選挙スケジュールは白紙に戻り,2021年の通常国会後に先送りとなるでしょう。オリンピック・パラリンピックの開催が2021年7月下旬から9月頭だとすると,その直後から10月の衆議院選に突入することになり非常にタイトです。期間満了まで追い込まれる政権はレームダック状態になるため,そのように考えると,「やれるうちにやってしまえ」と思っても不思議じゃないです。だから,自民党総裁選を7月~8月,そのままの流れで8月~9月に衆議院選を実施しようという線もあるのではと思われます。

 

 ただ,非常にリスクはあります。もし,選挙期間中にコロナウイルスが流行し出せば,おそらく自民党は大敗するでしょう。危機対応で支持率が上がるのは初回のみで,流行初期には高支持率だった各国の政権支持率も低下傾向にあります。日本では,死亡者も感染者も相当低水準に抑えていたにもかかわらずマスコミからの非難にあい支持率は下落しました。2回目の流行が発生すれば,政権維持が困難なほど支持率は低下するでしょう。

 

だから,コロナウイルスが日本の政治に与える影響として,

 

① 総裁選・衆議院選スケジュール

・首相側が決断できなければ選挙は全て来年に持ち越し

・リスクを取って進めるなら相当早いタイミング

② 政権交代の可能性

・選挙前に再度ロックダウンなら自民党は大敗

・そうでなければ支持率は現状維持か若干上向くか

 

と,なるのではないかと想像しています。