では,ロンドン市当局の感染予防対策はどうだったのでしょう。

 以下は,1665年7月1日に施行された『ペスト流行に関するロンドン市長ならびに市参事会の布告』の主だった規定内容です。

 

(1) 検察員の任命

 各教区ごとに1~2名を専任し,教区内の感染症発生が疑われる家庭を調査し,悪疫が判明した場合は警吏にその家屋を閉鎖するよう命令することを職務とする。

 

(2) 監視人の任命

 感染家屋に対し2名を配置し,12時間交代で感染家屋に人の出入りがないよう見張ることを任務とする。感染家屋住人が必要とする用事を代行する場合には感染家屋に鍵をかけ自らが携行する義務を負う。

 

(3) 患者の自宅内隔離・家屋閉鎖

 感染症患者は自宅内で隔離し,もし平癒した場合でも1ヶ月間は家屋閉鎖措置をとる。

 もし健康人で患者宅を訪問した場合,その当人が居住している家屋も一定期間閉鎖を命じる。付添看護婦が悪疫により死亡した患者の家から他の家に転居する場合も同様。

 感染家屋の入り口には長さ1フィートの赤十字の標識を付し,家屋閉鎖が解かれるまで消してはならない。

 

(4) 死者の埋葬 

 悪疫による死者の埋葬は日の出前または日没後とし,葬列への参加・遺族宅への弔問を禁じる。

 

(5) 感染家屋の家具

 病毒に侵された家具は十分に消毒してから使用すること。また,感染家屋より家財道具を搬出することを禁じる。

 

(6) 調査員等の表示

 調査員・外科医・看守・埋葬人が街を通行する時は必ず衆人の目を引く長さ3フィートにおよぶ赤い杖または棒を携行すること。

 これらの人々は自宅または調査等の対象となる感染家屋以外のいかなる家屋に立ち寄ることを禁じ,他人との接触を断つよう要請される。

 

(7) 街路清掃等に関わる事項

 戸主は自宅前を清潔に保つとともに,掃除人夫は各家庭からゴミを毎日収集し,街から遠く離れた場所に廃棄すること

 豚・犬・猫・鳩・うさぎなどは市内のいかなる場所でも飼育を禁じる。

 

(8) 放蕩無頼・無益な集会の禁止

 浮浪人や乞食の群れが悪疫流行の一大原因であるため,乞食の徘徊を厳しく取り締まるべし。

 芝居・熊攻め・賭博など雑踏を招くような催し物,すべての饗宴を厳禁とし,料亭・居酒屋・コーヒーハウス等における夜9時以降の入店を禁じる。

 

 

 いかがでしょう。今回のコロナ禍では,都市あるいは国単位で実施していたロックダウンを,この当時は家単位で実施しました。ご丁寧に見張りを24時間立たせて外鍵をつけて出られないようにして,患者とその家族を自宅内に閉じ込めるわけです。とんでもないステイホームがあったものです。

 

 他に感染を広げないという点では,非常に有効な取り組みでしょうが,閉鎖された家はその中で感染が蔓延してしまいますので隔離期間中に一家全滅しても全くおかしくない状況です。本書を読んで,ペストでの死者を出した家が感染事実を隠す理由がどうもよくわからなかったのですが,これで理解できました。こういう厳しい措置をとっている場合,そりゃ自分が罹患していたとしても名乗り出にくくなるでしょう。

 

 今回のコロナウイルスにかかる防疫対応ではどうでしょうか。私達がもしコロナウイルスに感染していた場合,当然感染までの2週間の行動履歴を聞かれます。その間,外出自粛要請に従わずに遊び回っていれば,誰もがこれを伏せたくなる誘惑に駆られるでしょう。家屋閉鎖はされずとも,コロナウイルスに罹ったことで,その間の行動を色々と詮索され,職場で白い目で見られるといった,差別的な眼差しに恐怖を感じれば,なかなか行動履歴なり感染の心当たりを言い出しにくくなりますよね。

 

 外出禁止令(ロックダウン)がなされ,これに従わず外出したことがバレると処罰される可能性のある国ではなおのこと感染が発覚するまでの行動履歴を隠そうとするでしょう。事実はよくわかりませんが,ヨーロッパで患者の行動履歴を補足することが難しいのは,単にプライバシーを重視しているのみならず,このあたりも関係しているのではないかと考えられます。

 

 もう一つ,今回のコロナ対応で,あれほど自由を大事にするヨーロッパが感染初期にすぐさま罰則付きのロックダウンに踏み切れたのはなぜかずっと不思議に思っていました。西洋は日本人の集団主義的傾向を見るにつけ自由が何たるかを説いてきたし,今回で言えば「フェリーに患者を閉じ込めるなんて人道に反してる」などと日本の対応を避難しまくっていたわけですが,いざお膝元が危なくなると,あっけなく自由を制限する,この対応は一体どういうことなのかと思っていました。ヨーロッパから見て自由の価値を理解していない日本人ですら,さすがに罰則付きのロックダウンは自由権の侵害に当たることから導入は難しかった。そんな日本人ですら躊躇するロックダウンについて自由の価値を重視するヨーロッパの人たちが簡単に受け入れるのはどうも腑に落ちなかった。

 

 なんてことはない,歴史的に経験済みだったんですね,ロックダウンを。

 

 

 ここからは少し脱線です。

 

 日本は,憲法等の制約で,戒厳令のようなものを出すことが非常に難しいし,凄まじいアレルギー反応を持っている人々がいました(共産党や社民党,左派的イデオロギーをお持ちの言論人は,いずれも国民の自由を制限する非常事態宣言発令は謙抑的であるべきだと反対姿勢だったと記憶しています)。

 

 自由を大事にしているヨーロッパ人はこれを簡単に受け入れ,さらに日本の対応は緩すぎると批判していた。ダイアモンド・プリンセス号の隔離措置に対して人権の側面から批判していた舌の根も乾かぬうちに。彼らの主張する価値観は普遍性があるように見えて,実は全然そんなことはないというのを自ら暴露したとともに,先進国ヨーロッパが実はハリボテでしかない(少なくとも他地域とそう違わない)のではないかということが明確になったんじゃないかと感じます。

 

 今回のコロナ対応が示すように,西欧文明が常に正しいわけではないのだから,日本人はもう少し自分のやってることに自信を持って,というか自分の足で立って物事を考えてもいいんじゃないかと思います。

 

 

 

 家屋閉鎖措置に,当時のロンドン市民はどう反応したのでしょうか。

 

 やはり,この措置はあまりに残酷で非道な処置として大きな反発にあったようです。市長には閉鎖された家屋の住人から様々な陳情が上がってきましたが,よくよく調べると「閉鎖されるだけの十分な理由」がある者が多かった,とデフォーは述べています。

 

 特に,一人でも感染者が出ると,その家に起居するもの全員が監禁されてしまうので,彼らは感染者を取り残しなんとかその家を脱出しようとしました。

 

 また,デフォーはこうも述べています。

 

 諸々方々で報告されたところによると,監視人に対する暴行沙汰もかなり頻繁にあったらしく,私の信ずるところでは,今時の災厄を通じて監視人で殺された者,あるいは少なくとも致命傷を受けた者の数は18名ないし20名を下らなかった。彼らは,感染したために閉鎖命令を食らった家の者たちが,家を出ようとするのを止めたために傷害を受けたと言われている。

 しかし,それも考えようによっては無理からぬ事であった。閉鎖された家の数だけ,いわば牢獄が忽然としてロンドンに出現したようなわけだったから。しかも閉じ込められた人間,いや,投獄された人間というのが,何も罪を犯したというのではなく,ただそうでもしないと悲惨な結果を一時に招くというそれだけの理由で閉じ込められているに過ぎなかったのである。彼らにとってそれだけ我慢も何もできなかったのも無理からぬことであった。