ペストはますます猖獗を極めます。

 さっそく,最も早い時期から感染者を出したセント・ジャイルズ教区の状況をみてみましょう。

 

 6月も第2週目を迎えるようになると,まだ病魔の重圧に呻吟していたセント・ジャイルズ教区では,死者数は120となった。このうち,死亡週報の伝えるところによれば,疫病によるものは68名に過ぎなかった。しかし,この教区のいつもの葬式の数から考えてみて,どう少なくふんでも100名は疫病で死んだにちがいない,と誰も彼も信じていた。

 

 セント・ジャイルズ教区の1週間の死体埋葬数は12~19名だから,それが120名ということはもう尋常ではない死者数です。

 死者数が6~10倍に跳ね上がった計算となるから,もはや誰の目にもペスト流行が明らかになりました。

 

 この次の週には,初めてシティ内で感染したと思われるペスト犠牲者が4名発生します(前述のフランス人は,シティ外のロング・エーカーで感染した後にシティに移り住んだ)。

 シティは,ロンドンの中心街で,ロンドン証券取引所やイングランド銀行,ロイズ本社等の国際金融センターとなっていますね。

 

 そのシティから,貴族たちが一族郎党を連れ家財道具を荷馬車いっぱいに詰め込み,ロンドン郊外に逃げ出していきました。

 

 おかげで,市長のところへ行くのは,並大抵の苦労ではなかった。じつに,何というか,まるで死ぬような人混みで,みな市街へ逃れようという連中が健康証明書をもらおうとしているのであった。この証明書がなければ,行く先々の町を通過することは言うまでもなく,旅籠屋に止まることもできなかったからである。まだこの頃はシティの内では1名の死亡者もだしていなかったので,市長はシティ内97の教区に居住している者には請求あり次第証明書を発行してくれた。

 

 郊外に避難しようとする貴族も大変です,「通行手形」を発給してくれなければ,移動できないのですから。

 今後,海外へ渡航する際には健康証明書の提示を義務付けようといったニュースを数週間前に見ました,また日本国内でも県境で検温をするなど形は違えど全く同じ考え方でしょう。

 「健康であることを証明できなければ移動を認めない」ということです。

 

 もう一つこの記載を見て思ったのは,EUの国境封鎖です。

 あれだけ移動の自由を尊んできたヨーロッパもコロナウイルスの蔓延で国境を閉じました。

 これはEUの理念の全否定であり,各国が自国企業優先の救済措置を取ったことも含め,コロナが落ち着いても,もはやEUはもとの形には戻れないでしょう。

 

 その間にも,いろいろな噂が乱れ飛んだので騒動は一層拍車をかけられた形であった。例えば,市民の旅行を禁止するために街道筋に関所や柵を設けるという,政府の法令が公布されるはずだとか,病気を運んでくるのを恐れて各町村はロンドンから来た連中が通過するのを拒否するだろう,といった類である。このような風説が根も葉もないでたらめなものであることはもちろんであるが,そこはその疑心暗鬼というやつで,人々はそう信じていたのである。少なくともはじめはそうであった。

 

 市当局やイギリス議会がどのような施策を取るか,ロンドン市民はあれこれ詮索し,悲観したりパニックを起こしたり権力批判をしたり,ということをやったのでしょう,これも今のコロナ禍の日本に見られる現象ですね。