それから俺たちはたまに図書館で会うようになった。
約束をしているわけではない。そもそも連絡先も交換していない。
潤の生活のルーティーンの中に図書館での勉強が組み込まれていたように俺の生活にもそれが加えられ、たまたまそれが合致した時に一緒にいるというだけなので、会うといってもせいぜい月に1、2回のことだった。
勉強して、一緒に帰って、家の前で別れて、本当にそれだけ。
 
俺は、それでいいと思っていた。
 
潤のことを好きだと思う気持ちに不思議と迷いはなかったけど、彼の気持ちを自分から掴みに行って自分の方へ引き摺り込むようなことはしたくなかった。
近所に住む子どもの頃からの知り合いという付き合い方の中でも潤が俺と一緒にいたいと思ってくれるのなら、俺は一生を彼に約束しようと思っていた。
 
潤も、たぶん俺のことを好きなんだと思う。
言葉がなくたって、触れることがなくたって、そんなことはわかる。
だからと言って、イコール恋人になりたいという単純な図式にはならない。好きな気持ちだけで一緒にいられる問題じゃないということは、否が応でも考えるだろう。
考えて考えて考えた結果、俺は選ばれないかもしれないし、それは彼のことを考えれば仕方のないことだと思う。
自分の気持ちが消化できるかどうかはわからないけど、それでもその時は潤の幸せを心から願える自分でいたい。
 
 
 
 
そんなことをつらつら考えながら、俺は潤のいない高校生活を無事に終え、そのまま付属先の大学に進学した。授業とサークルとバイトと飲み会という大学生の定番コースを選択し日々遂行しながら、時間を見つけて図書館に通った。
潤は大体同じ場所に座っていて、いつも一所懸命勉強していた。
再会した時に使っていたあのシャープペンを見ることはあれ以降なかった。今でも筆箱の中にあるのか、家に置いているのか、それとも壊れて捨ててしまったのかわからない。
自分から気持ちを掴みに行くことはしないと決めたから、クリスマスも誕生日も彼にプレゼントを渡したことはなかった。
 今年の彼の誕生日もスルーするつもりだったけど、高3になって受験勉強を頑張っている彼を見ていたら無性に何かあげたくなった。
春になったら大学生になって、沢山の人と出会い彼の世界はもっと広がっていく。
その中でも自分のことを忘れないでいてほしいと思うエゴでしかないけど、それくらいは許されるだろうと誰にしているのかわからない弁解をしてプレゼントを買うことにした。
気持ちとしてはペアアクセを贈りたいところだったけどそれは封印して、俺が贈っても不自然じゃないラインについて考えるところから始め、散々悩んだ挙げ句高機能のボールペンというところに落ち着いた。文房具なら高級といってもたかが知れてるし、いつも持ち歩いて使ってもらえる可能性がある。
 
我ながらベターなチョイスなんじゃないかと思い、そのまま図書館に向かった。
誕生日当日とはいえ受験生の潤は多分来ているだろうけど、もう日が沈む時間帯でさすがに帰ってしまっているかもしれない。いなかったら家まで行ってピンポン鳴らして渡せばいいかと一旦気持ちを落ち着かせてから中に入った。
 
 
 
 
潤はいつもの場所にいた。
いたけれど、疲れてしまったのかノートに突っ伏して寝ているようだった。
珍しいなと思って近付いて、俺は彼があのシャープペンを握りしめていることに気付いた。
 
 
 
 
自分に都合良く解釈するなと、頭の中の自分が警鐘を鳴らしている。
 
ただの気分転換だって。
他のペンが壊れただけかもしれない。
たまたま手にしたから使ってただけで深い意味なんかないだろ。
たかが文房具。何使ったって同じだよ。
 
……でも。
何年も前にあげたものを、まだ持ってくれていた。
100円かそこらで買えるような、どこにでもある安っぽいものを、今でも。
 
俺がいないところでは、ずっと使ってくれてたのかよ?
 
 
 
 
『しょおくん、お願い』
『はあ?またかよ』
『えーいいでしょ?ダメ?』
『しょーがねえなぁ』
 
子どもの頃から、何度も繰り返してきたやりとり。
だんだんと渋々聞いてやるスタンスを取ってきたけど、本心は潤に頼りにされたくて、願いを叶えてやりたくて、笑顔が見たくて仕方なかった。
潤だって絶対に無理なお願いなんてしてこなくて、そういうところが本当にかわいいと思っていた。
 
そんな潤がした『最後のお願い』をそっと彼の手から引き抜いて、彼の頭の下敷きになっているノートの端に『誕生日おめでとー』と書き、傍にプレゼントを置いた。
 
 
 
 
ちらっと見える寝顔はいつもよりも幼く見えて、昔みたいに頭をぽんと撫でてやりたくなった。
今日は特別な日だと甘えて、ほんの少し自分の気持ちを解放したくなる。
 
そっと手を伸ばしてみたけど、触れてしまったら止まらなくなりそうだったから寸前でやめ、席を立ってその場を離れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
じゅんくんお誕生日おめでとう!!
いつも幸せをくれるあなたが世界一幸せでありますように照れ
 
ソユ