翔との日々は穏やかに過ぎていった。

互いの気持ちの確認も、これからのことを話し合う必要もない俺たちは、ただただ一緒にいた。

同じものを見て、同じものを聴いて、同じものを食べて、一緒に笑って、愛情を交わす日々は当然心地良くて、このままでもいいのかもしれないと思いそうになるくらい魅惑的だった。

そうして夜が明けて新しい1日が始まると別れの時がまた近付いてくる。

出立の日をいつにするか散々悩んで、俺はStormのライブの2日後のチケットを取ることにした。延ばせば延ばすほど別れ難くなりそうな気がしたからだ。

最後のライブを見て、1日一緒に過ごして、最後は笑顔で別れたいと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブを明日に控えた夜、彼は譜面を見ながら最終確認を長い時間していた。

こういう彼の姿を見るのもこれが最後。

彼の隣に座って俺も一緒に譜面を見ていると、何度も聴いた彼らの曲が頭に浮かんでくる。

 

「今どんな気持ち?」

「いろいろ思うとこはあるけど……でも一番は楽しみってことかな。想像以上にリラックスできてる」

「さすがStorm。俺もすごい楽しみだよ」

「……お前次第であと一段ギア上がるんだけど」

「……他の言い方ないのかよ」

 

こういうやりとりも、もうできないかもしれない。

感傷的にならないように気をつけていても、ふとしたことから感情の波にさらわれそうになる。

 

「あのさ、ラップノート見てもいい?」

「いいよ」

 

何度もこのノートに向き合っている彼の姿を見た。

彼の言葉は前向きで希望に満ちていて、聴く人を励ますような力があった。

推敲を重ねて紡ぎ出された言葉をもう一度かみしめたくて、丁寧に追っていく。

頭の中に流れるメロディーと彼が語ってくれる曲への思いを聞きながらたどっていくと、初めて見る言葉があらわれた。

 

「……あれ?これって新曲?」

「……そう。明日、一番最後に歌う曲」

 

 

 

 

 

 

 

"あの日 君は僕に何て言ってたっけ"

なんて言ったってもう関係ないね

散々会って 段々分かって 季節迫り来て散々泣いて

君は君 夢でっかく描いて 僕はここから成功を願ってる

「待ってるだけじゃ明日はないから 動いた ここじゃ始まらないから」

 

先の見えない暗い道路も それが例え迂回路でも

いまは少し二人とも つらい表情 しまっておこう

 

これは別れではない 出逢いたちとのまた新たな始まり

ただ 僕はなおあなたにまた逢いたい

また いつか笑ってまた再会 そう絶対

                 

 

 

 

 

           

 

彼の話を聞かなくてもわかる。

これは、俺と翔の歌だ。

 

 

 

 

 

「これはお前のために歌うから」

「……解散ライブ最後の曲が個人的な歌なのかよ」

「ラブソングってのは、大抵個人的な歌なんだよ」

「……何ていう歌?」

「Still…」

「……楽しみだな」

 

 

 

 

俺はずっと心のどこかで彼の想いを信用しきれていなかった。

今、俺のことを好きだと言ってくれる気持ちは本当だとしても、いつかは忘れて誰か他の人を想うようになるだろうと。でも、それでかまわない。自分が想っていればそれでいいと思っていた。

 

翔は、俺のことを本当に想ってくれている。

本気で応援してくれているし、本気でまた会えると信じてくれている。

 

俺が思うのと同じように。

 

 

 

 

 

 

彼の想いに応えたいと、心から思う。

 

俺は絶対に諦めないで夢を叶える。

そしてまた翔に会う。

どんな未来になっていようと、会ったらまた彼に想いを伝えよう。

 

 

 

 

 

 

「……もういい?」

「……ん」

 





抱き合うのは、これを最後にしようと思った。

 

あの歌を歌ってくれた後に彼に会ったら、俺は離れられなくなる気がしたからだ。

 




彼の全てを記憶に残しておきたい。

俺の全てを彼に刻みつけておきたい。

 

そのどちらも叶わないことはわかっていても、隙間なくぴったりとくっついているとそれができるような気がして、彼をきつく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 


 

 

 

 

【嵐 Still…より歌詞を一部引用しています】