「お前って彼女いないの?」と聞かれて、一瞬何て答えようか迷ってしまった。

 

前に一度そのようなことを聞かれたことはあったけどその時ははぐらかした。

ここでも適当なことを言うこともできるし、面倒くさいなら嘘をつくこともできる。

でも、彼に本当のことを言わないままでいるのはフェアじゃないような気がして少し罪悪感のようなものがあった。

また、彼なら本当のことを言っても、変わらずに付き合ってくれるだろうこともわかっていた。

 

 

 









 

 

俺は、この間まで男の恋人がいた。

今まで付き合った人も男しかいなかった。

 

人付き合いが元々苦手だったのか、だんだん億劫になっていったのかはもはやよくわからない。

小学生の時に家庭が崩壊して中学生の時に母親が再婚したことで、恋愛というものにエネルギーを使う余裕も自分にはなかった。

そんな自分にとって、誰かを好きになるということは結構高いハードルだった。


音楽を好きになって、仲間ができて、居場所ができて、少し余裕が出てきた高校生の時に恋人ができた。

その人はバンド繋がりで仲良くなった人で、いきなりキスされて俺は本当にびっくりした。びっくりしたけど嫌ではなくて、もしかしたら女性がダメだったのかもしれないなと思ったのだった。

初めての恋人に俺は浮かれたし、自分を無条件に肯定してくれる人の存在がこれほど心地良いものだとは思わなかった。

でも、そう思っていたのは俺だけで、向こうには彼女がいたことがわかった。どういうことかと問い詰めた俺に彼はこう言った。

『男となんか付き合うわけないだろ』

『……え?』

『お前は女より綺麗な顔してるからヤる分には良かったけど』


俺はまたひとりになった。

人の心は簡単に変わっていくもので、そこに縋ってしまうと傷つくだけだということを学んだ。

離婚して俺を見限ってあっさりと再婚した母親や、俺に『好きだよ』と言った口で他の女と付き合っていた男が例外なのかもしれない。

でも、俺はそれから慎重になった。

気持ちを預けすぎないように、好きになりすぎないように、相手の負担にならないように気を付けて付き合うようにした。

そうすると、『お前の気持ちがよくわからない』『本当は好きじゃないんだろ』と言われて別れるようになった。


少し前まで付き合っていた人には、『付き合いたい人がいるから別れてくれ』と懇願された。その相手は女だと聞いて、そのまま受け入れて終わっていた。


恋愛はいつか終わるもので、人の気持ちはよくわからないもので、自分にとっては疲弊するものになっていった。















「……彼女はいない。恋人はいたけど最近別れた」

「?」

「……気付かない?」

「……え?あ、そーゆーこと?え、っと、つまり、そっち系ってこと?」

「なんだその言い方は」

「すいません」

「まあそういうことだよ」

「……そうだったんだ……」

「安心しろよ。翔はそういう対象じゃないから」

「あ、そう……」

 

きっと彼の周りに俺のような人はいなかったんだろう。動揺させてしまって申し訳なかったし、こんなことなら早めに言っておくんだったなと後悔した。

彼さえ受け入れてくれるなら、今まで通り友人でいたかった。恋愛と違って『終わり』がない関係の方が、俺にはよっぽど大切だった。






彼が動揺していたのは最初だけで、それからはずっと俺の話を聞いてくれた。

話すつもりのなかった過去の話まで気付いたらしていて、恋愛に関する本音まで話してしまって我に返った。

これ以上どんな顔で一緒にいたらいいかわからなくなって急いで帰り支度をした。

マグカップを流しに置いてそのまま出て行こうとしたら腕を掴まれて思わず振り返ると、真剣な表情で見つめられて心臓が跳ねた。


「いてえよ。離せ」

「あ、悪い……」

「馬鹿力。じゃあな」

「またな!」

 





……コイツはいつも、『またな』って言うんだよな。

 





「またな、潤」

「……ああ」

 





翔は本当にいいヤツだ。

俺の友達でいてくれてるのが勿体ないくらいに、いいヤツに違いなかった。