ライブを明日に控えた夜、譜面を見ながら最終確認をする。

これも最後かと思うと少し感慨を覚えたけど、それよりも楽しみの方が勝っていた。

 

風呂から上がった潤が隣りに座って俺の手元を覗き込む。

湯上がりの体温と石けんの香りにやられて意識が彼に向いた俺をちらっと見て、「今どんな気持ち?」と聞いてきた。

 

「いろいろ思うとこはあるけど……でも一番は楽しみってことかな。想像以上にリラックスできてる」

「さすがStorm。俺もすごい楽しみだよ」

「……お前次第であと一段ギア上がるんだけど」

「……他の言い方ないのかよ」

 

彼は俺が腰に回した手を払いのけて、水を飲みに行ってしまった。

こんなやりとりもあと何回できるんだろうとどうしても頭によぎってしまう。

 

「あのさ、ラップノート見てもいい?」

「いいよ」

 

俺の隣りに戻ってきた彼にノートを渡すと、1ページ目から順番に読み出した。

彼は時折口ずさみながら詞を追い、俺の解説を聞きたがった。

 

自分が紡いできた詞を彼が愛おしそうに見つめていて、俺はもう十分満足だった。

俺はちゃんと全て出し切って終わりにできると思う。

 

 

 

 

 

「……あれ?これって新曲?」

「……そう。明日、一番最後に歌う曲」

 

彼はしばらくノートを凝視していた。

 

 

 

 

 

"あの日 君は僕に何て言ってたっけ"

なんて言ったってもう関係ないね

散々会って 段々分かって 季節迫り来て散々泣いて

君は君 夢でっかく描いて 僕はここから成功を願ってる

「待ってるだけじゃ明日はないから 動いた ここじゃ始まらないから」

 

先の見えない暗い道路も それが例え迂回路でも

いまは少し二人とも つらい表情 しまっておこう

 

これは別れではない 出逢いたちとのまた新たな始まり

ただ 僕はなおあなたにまた逢いたい

また いつか笑ってまた再会 そう絶対

                 

           

 

 

 

 

「これはお前のために歌うから」

「……解散ライブ最後の曲が個人的な歌なのかよ」

「ラブソングってのは、大抵個人的な歌なんだよ」

「……何ていう歌?」

「Still…」

「……楽しみだな」

 

彼の瞳は潤んでいたけど、綺麗な笑顔を向けてくれた。

 

君にはずっと笑っていてほしい。

君の夢が叶うといいと、今は心の底から思ってる。

だから、また逢いたいという俺の願いだけは頼むから叶えさせて。

 

 

 

 

 

「……もういい?」

「……ん」

 

抱き合うたびに、これが最後かもしれないと思う。

彼の全てを記憶に残しておきたい。

俺の全てを彼に刻みつけておきたい。

 

そのどちらも叶わないことはわかっていても、隙間なくぴったりとくっついているとそれができるような気がして、彼をきつく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ行ってくる」

「ん。頑張れよ」

「打ち上げも来るだろ?」

「うん」

「じゃあ……ハイ」

「……なんだよ?」

「チューして。濃厚なやつ」

 

はあ?って顔してた潤だけど、軽いキスをしてくれた。

濃厚なやつをやり返そうとしたら、そのまま彼が首筋に吸い付いてきた。

 

「俺にもお前を独占したいって気持ちはあんだよ」

 

満足そうに笑っている潤に今度こそ濃厚なキスをして、俺はそのまま家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

エレベーターの中の鏡には、彼と同じ場所に付けられた赤い痕と、涙を流す男が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

【嵐 Still…より歌詞を一部引用しています】