あれから、俺たちの関係は『健全な友達』に戻っていた。
俺はあの日に『いい友達』に全振りした態度を取ったことで、もうそうするしかできなくなっていた。
彼も多分その日のうちに俺の微妙な態度の変化は捉えていて、俺に合わせるように『友達』をやってくれた。
クリスマスには彼のライブハウスのイベントに出ることになっていて、その準備と卒論で俺は多忙を極めていたこともあり、家で顔を合わせる時間もほとんどなかった。
 
このまま時間だけが過ぎていって、彼がこの家を出て行って、新生活の忙しさで今の生活のことは記憶の片隅にどんどん追いやられていくのだろうか。
そうしていつの間にか潤のことも忘れていくのだろうか。
 
忘れたくないなと思う。
 
潤への気持ちも、バンドに懸けた情熱も、悩みももどかしい思いも何もかも、そのまま覚えていたい。
 
自分の努力で何とかなるものなのだろうか。
それとも無駄な努力と言われるものになってしまうんだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
クリスマスライブは大盛況で、その日の打ち上げまで物凄い盛り上がりだった。二次会まで出て、その後はメンバーが全員家に来て三次会をした。
俺は相当アルコールが入っている自覚があったから、潤とふたりきりにならずにすんでほっとしていた。
誰が買ってきたかわからないホールケーキと大量のチキンがテーブルに並んでて、深夜にはあり得ないくらいの大音量で音楽を流して潤に怒られて、即興でめちゃくちゃなクリスマスソングを全員で歌って、明け方まで散々飲んだ。
 
昼過ぎに起きた頃には彼はもういなくて、テーブルやキッチンは大体片付いていた。
ごめんとありがとうを伝えようとメール画面を開いて、『今日なにしてんの?』と書くか書かないか迷って結局やめた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……翔ちゃんさー、潤くんとなんかあった?」
「え?」
 
だるくてそのまま皆で家でダラダラしていたら、急に話の矢印が俺に向いてドキッとした。
いつも通りにしていたはずだよな……と記憶を辿るが、別にヘマはしていないと思う。
 
「なんで?別に何もないけど」
「えー?いつもと全然違ったけど」
「違った違った」
「……何が。どこが」
「いつも俺らが潤くんの隣りに座ったらキレるくせに全然怒んないし」
「それどころか離れたとこにいるし」
「潤くんと誰が一緒に寝るかジャンケンしてても蹴り飛ばさないし」
「リーダーが潤くんに膝枕してもらってても笑ってるし」
「あれは怖すぎた」
「全然いつもと違った」
「どしたの翔ちゃん」
「…………お前ら何言ってんの?」
「自覚ないの?!」
「怖!!」
「怖すぎる!!」
 
この証言がすべて本当なのだとしたら、確かに自分が怖すぎる。
すげー好きなだけじゃん……。かっこわる……。
飲み過ぎ食べ過ぎで胃もたれしてるしダルいし反論する気が起きない。
 
「翔ちゃーん」
「……なんだよ」
「わかるよー。潤くんかわいいもんねー」
「かわいくはないだろ」
「えーかわいいよ」
「ああそうかよ」
 
コイツらはすぐにかわいいとか言って、潤をちやほやするんだよな。
俺ができないことをよってたかって。
 
「でもさー、潤くんは翔ちゃんといる時が一番かわいいよねえ」
「それはそう」
「良かったな翔ちゃん」
「おめでとう!」
 
なんにも知らないで好き勝手言って……。
……まあ俺がなんにも言ってないんだから、コイツらは全然悪くないけども。
 
 
 
 
 
「……潤は、もうすぐ出てくよ」
「……え?」
「アメリカ行くって。音楽の勉強しに」
「……」
「だから終わりだよ。お前らも今のうちに遊んどいた方がいいよ」
「…………翔ちゃん、飲もう」
「飲むか!アホか!」
 
俺の言ってることなんか無視して、片付けた酒をまた持ってきて勝手に乾杯を始めるメンバーたちを見てたら可笑しくなった。
きっとコイツらなら、俺の気持ちを正直に話してもちゃんと聞いてくれて、受け止めてくれるんだと思う。
 
「潤くん、いつまでいるの?解散ライブ来てくれるの?」
「ああ、それは来るって言ってた」
「……そっか、良かったね」
 
ストレートな言葉が今は心に染みる。
だから俺も少し素直になれた。
 
「そうだな」
「あ!最後さ、ステージから告白しちゃえば?」
「するか!アホか!」
「君のために一曲歌います的なのは?」
「それいい!曲作ろう!」
「ほら!潤くんとのエピソードちょうだい!」
「言うか!!」
 
 
 
 
 
ノートを開いて楽しそうにしている彼らを見て、それもいいかもしれないと思う。
音楽で繋がった俺たちの最後にはぴったりなんじゃないか。
 
もし歌うなら明るい歌がいい。
彼の背中を押してあげられるような。
出会えて良かったと伝えられるような。