『またな』の”また”がなかなか来なくて内心やきもきしてたわけだけど、今日はクラブに行く約束をしていた。

外で来るのを待っていたけど約束の時間を過ぎても彼は来なかった。メールもない。

このあいだのことも気になってそのまま外で待つことにしたが、30分を過ぎても何の連絡もないことにさすがに不安が募った。

電話をかけたら電源が入っていないというアナウンス。

 

俺を拒否しているのか、それとも何かあったのか。

 

1時間待っても来なかったので彼の家に行ってみようかと思い、その前にとダメ元で電話をしてみたらコール音が鳴った。

 

「もしもし?」

『……ごめん、行けなくて』

「どうした?なんかあった?」

『……実はちょっと助けてほしくて。今、翔の家の近くの公園にいるんだけど』

「わかった。すぐ行く」

 

何かあったんだ。

駅まで来てたけどタクシーを拾って直接向かうことにする。

公園のベンチには誰もいなくて焦って電話をかけようとして、滑り台の下に誰かがうずくまっていることに気付いた。

潤だった。

 

「お前、傷……」

「ああ、別にこれ自体は大したことないんだけど」

 

唇が腫れて、口の端には血が付いている。よく見るとTシャツの襟元は破れていた。

自分で立って歩けるところからすると他に怪我をしているわけでもなさそうだった。

取りあえず家に連れて帰って明るいところで見てみると、まずはシャワーで流した方がよさそうだった。

無表情で鏡の中に映る自分を見つめている彼が気になったが、着替えとタオルを置いて脱衣所を出た。

 

シャワーの音がするのをドアの前で確認して、リビングのエアコンのスイッチを入れた。着替えは長袖を渡したから、最低温度まで下げた。

髪の毛で少し隠れてはいたが、首筋に深く噛み痕と傷が残っていた。

多分、そういうことなんだろうなと思った。

誰と、と考えると良くない感情が生まれそうな気がしたから、頼ってくれた事実だけを考えるようにした。

 

 

 

 

 

「悪いんだけど、しばらくここに置いてくんない?」

「ああ、いいよ」

「俺は別れたつもりだったんだけど、そうじゃなかったみたいで」

「……」

「待ち伏せされてて、まあちょっと対応に失敗して」

「……」

「殴って逃げてきたんだけど、ちょっとどうなるかわかんなくて。あ、でも未遂だから。だから何だって話かもしれないけど」

「わかったから。大丈夫だから。ほら、傷見てやるからこっち来い」

「……うん」

 

 

 

 

 

押入の奥から引っ張り出してきた消毒液とガーゼで少しずつ傷口を洗っていく。

少し痛そうに顔をしかめながらも、彼は大人しくしていた。

痛々しい噛み痕も気になったけどここはどうしようもなくて、少しでも痛みが和らげばいいと上からそっと手のひらでさすった。

 

 

 

 

 

「やっぱさ、恋愛なんて真似事だってするもんじゃねえな」

「……」

「俺にはいらない。ひとりの方が楽だし」

 

 

 

 

 

じゃあなんでそんな寂しそうな顔してんの?

この人となら、って期待してたからじゃないの?

一緒にいて満たされるものがあったから付き合ってたんだろ?

 

 

 

 

 

「なんだよ。言いたいことあるなら言えよ」

「……ないよ」

「嘘つけ」

「でも、お前のしてほしいことなら多分わかる」

「え?」

 

 

 

 

 

血がこびりついて、少し赤く腫れている唇にそっとキスをする。

 

 

 

 

 

「……違った?」

「……違うだろ。つーかお前なにしてんの?」

「じゃあこっちか」

 

抱き寄せると暴れそうな気配がしたのでそのまま封じ込めるようにぎゅっと抱きしめた。

 

「おかしいだろ!こんなことお前に求めてない」

「うるせえな。俺は今、お前に優しくしてやりたいの。お前は傷付いてんだから素直に甘えとけばいいんだよ」

 

 

 

 

 

彼の身体から少し力が抜けたのがわかった。

肩にかかる体重が嬉しくて背中をぽんぽんと叩いてやる。

 

「……お前の彼女が気の毒だよ」

「ほっとけ。友達が最優先だっていいだろ?つーかもうとっくに別れてんだけど」

「……あっそ」

 

 

 

 

 

しばらくして彼の手が俺の腰にまわった。

俺は彼の白い首筋に刻まれた痕に唇を寄せた。

俺がこうすることでなくなればいいと思いながら口付けた。

彼のしがみつく力が強くなる。

 

 

 

 

 

俺は、この美しくて少し頑固で不器用な友人のことが好きなんだと、もう認めていた。

でも、その気持ちを伝えてしまったら、たぶん彼は俺の前からいなくなるに違いない。

だったらこのまま、友達として傍にいたい。

 

 

 

 

 

友達でいいから、傍にいたい。