今日の対バンはめちゃくちゃ盛り上がって大成功だった。
俺たちのファンも沢山来てくれて盛り上げてくれたし、新規のファンもかなり付いただろうと思えるくらい手応えがあった。
そのまま打ち上げにも参加したけど、もちろん俺の今日の一番の目的は松本と話すことだった。
でも席は遠くて彼は結構引っ張りだこだった。なかなか話せず、彼がトイレから出てくるところを捕まえてカウンター席まで連れて行って、ようやくふたりになることに成功した。
「で、どうだった?」
「……良かったよ」
「マジで?どこが?」
「……すげえスキルがあるってわけじゃないけど、全員の最大値が重なった時のパワーがある。ボーカルもうまくていい声してんだけど、あんたたちユニゾンがめっちゃいいな」
「……それはすごい言われる」
「ずっと聴いてられる感じ。あと……」
「うん」
「あんたのラップも良かった」
「嘘?!」
「リリックも書いてんの?」
「うん」
なんでラップなのかとか好きなヒップホップの話をしていたら、彼も同じクラブやイベントに参加していたことがわかって、じゃあニアミスしてたんだって笑い合った。
好きな音楽の話は尽きなくて、気付いたらお開きの声がかかっていた。
ここまで互いの近況報告の類いは一切無く、俺は今度こそと連絡先を聞いた。
「また会えたんだから、連絡先交換な」
「このまま交換しないパターンでも面白いかもよ?」
「うるせえなあ」
このまま逃げられてしまうのは嫌だったから彼の携帯を奪い、自分の番号を入れて電話をかけた。
「これでよし」
「そこまでするかよ」
「電話するから。ちゃんと登録しとけよ」
「はいはい」
「あ、俺の名前は……」
「翔だろ。知ってるよ」
「え?なんで?」
「いやみんなあんたのこと名前で呼んでたじゃん」
「あ、そうか」
「俺は潤。うるおうっていう字」
「……ああ」
「潤でいいよ。翔」
彼はスツールから降りて人の輪の中に戻っていった。
姿が見えなくなって、俺は携帯の画面に目を落とした。
彼の名前が潤だってことを俺は知っていた。
高校の時から彼のことが気になっていたんだから。
彼の名前は彼にとても合っている気がして、いつか名前で呼びたいと思っていた。
俺も知ってるよって、どうして言えなかったんだろう。
綺麗な名前だよな。お前に合ってるって。
名前で呼んでいい?って。
画面に映る名前を一撫でしてから携帯をポケットに突っ込み、俺もメンバーを探しに戻ることにした。
番号を交換したものの、彼をどう誘い出そうか俺は悩んでいた。
ただ飲みに行くとかメシに誘うとかでは断られる気がして、彼の気を引きそうなイベントがないか探しているうちに向こうから連絡がきた。
また対バンに出ないかという内容だったけどそのまま彼をメシに誘い出し、そこで初めて俺は彼のパーソナルな部分を知ることに成功した。
音楽が好きで、音楽の世界で生きていきたいと思っていること。
歌ったり演奏することよりも空間をプロデュースする方が好きなので、仕事にできるように専門学校に通っていること。
ライブハウスのスタッフ以外にも、イベントコンサートスタッフのバイトやレコード喫茶のバイトもしていること。
音楽はジャンルを問わず幅広く聴き、ライブやコンサートにもよく行っていること。
彼がどう思っているかはわからないけど、俺たちは気が合った。
どんどん会う頻度が高くなっていって、メシ、飲みだけじゃなくてクラブやライブハウスにも一緒に行くようになった。
最初は立入禁止を言い渡されていた彼のバイト先のレコード喫茶は今や俺の勉強部屋と化している。
3ヶ月経つ頃には、学校とバイトでほぼスケジュールが埋まっていた彼の日常の中の空いている時間の半分くらいに俺が居座っている状況になっていた。
今日は例のレコード喫茶に行って、バイト終わりの彼をそのまま俺の家まで連れて帰った。
もう自分の家のようにソファーに寝っ転がってくつろいでいる彼を見ていると少し感慨深くなる。
「なんかちょっと信じらんねーわ。お前がここでくつろいでんのが」
「んー?」
見ていた雑誌から気怠そうに顔を上げた彼の目は少し眠そうだった。
だいぶ見慣れたけど、不意打ちで色気を振り撒かれると男だとわかっていてもドキッとする時がある。
「お前はひとりがいいってタイプだと思ってたからさ」
「あー、まあ、基本はそうだけど……」
俺が話しかけたからか律儀にソファーに座り直している。
そういうちょっとかわいいところがコイツにはある。
「お前といるのはすげえ楽なんだよな」
「あ、そうなんだ?」
「顔がいいから」
「は?」
あまりにも想定外の返答がきて深夜にそぐわない大声が出た俺を見て、彼は面白そうに笑っている。
「俺はさ、『お前は顔がいいからいいよな』って散々言われてきたわけよ」
「だろうな」
「お前もそうだろ?」
「……まあ」
「だからお前は俺に絶対そんなこと言わないっていう安心感はある。でもそれだけじゃなくて」
「……」
「お前は見た目とか家のことに胡座かかないで全方位に努力するタイプじゃん。お前といると、俺も安心して頑張れるんだよ」
「……」
「だから楽。つーことで泊まっていくけどいい?」
「……うん」
潤は勝手に俺の寝室からタオルケットを引っ張り出して、もうソファーに横たわって寝る態勢に入っている。
俺はまったく動けなくて床に座り込んだまま彼を見つめていた。
俺の事情はもう彼に話してあった。
俺の父親はいわゆる社長というやつで、俺は跡を継ぐことを約束させられた代わりに、大学卒業までは好きなことをしていいと言われていたのだった。
だから高校も地元近くの公立校に進学したし、大学入学を機に一人暮らしもさせてもらっている。
バンドもクラブ通いも金髪も臍ピアスも交友関係も何ひとつ口は出されない。
そんな俺に、友人たちはたまに「お前はいいよな」と言ったりする。
家は金持ちで将来は安泰。顔も良くて勉強もできる。
そう思う気持ちもわかるし悪気はないこともわかっているけど、どうしてもやるせない気持ちになる時があった。
将来が決まっていることへの諦めや中身を見てもらえないことへのもどかしさといったものは、ひとりで抱えて生きていくしかないと思っていた。
潤は俺の心をすごく近くで理解してくれていると思った。
そんな人には初めて出会った。
連休なので更新しました!
同志のみなさまの暇つぶしになれば
私の書くいつものしょうとじゅんとは違う関係性ですがどうでしょう?
コメント欄を開けておくので、よかったら一言お願いします♡
ソユ