俺の予想通り、学校で見かけても彼は俺に話しかけてくれることは一切なかった。

相変わらず学校には遅れてきて、ひとりでいて、知らないうちに姿が消えていた。

教室の外から彼の名前を呼ぶことも、友人たちに彼とのエピソードを話すことも、彼が聴いているのがミスチルだと知っているのはこの学校で自分だけだという自慢も我慢しているうちに、あの日のことが嘘だったかのように何の接触もない日常に戻っていった。


卒業まで俺は無遅刻無欠席を続け、受験勉強をし、たまに彼女と会って、第一志望合格をもぎ取り、卒業式では答辞をした。

壇上から彼を探したら、目が合った気がした。

絶対に今日は話したいと思ってクラスが解散になると同時に彼の教室に向かったら、タッチの差で解散していた。

昇降口まで走り、下駄箱が空になっているのを確認して、そのまま校門までダッシュした。

ほとんどの生徒はまだ校内で別れを惜しんでいたから下校している姿は目立ち、すぐに見つけることができた。

 

「まつもとー!」

 

大声で叫んだのに止まってくれない。

走るしかないのかと思って追いかける。

もう一回叫んだらやっと気付いたのか振り向いて、ちょっと驚いた顔をしてイヤホンを外してくれた。

 

「……なんだよ?」

「……だって、きょう、さいごだろ」

 

久々に話すのに息切れしてちゃんと話せない。

誰のせいだよ。

 

「……で?」

「……そつぎょう、おめでとう」

「そっちも。じゃあな」

「おい!」

「なんだよ」

「連絡先!」

「は?」

「連絡先教えろよ。今度遊びに行こうぜ」

 

コイツは人の目をじっと見つめるのが癖なのかもしれない。

見つめられた方の身にもなってほしい。

 

「やめようぜ。そういうの」

「はい?」

「縁があればまた会えるだろ。その方が面白そうじゃん」

「面白そうって……」

「じゃあなー」

「なんだよそれ……」

 

そうやってどれだけの人を振り払ってきたんだか。

でも、そう言われるとその方が面白そうに思えるから不思議だ。

確かに縁があればまた会えるんだろう。縁がなければそれまで。

もしまた会えたとしたら、その時はちゃんと友達になれるだろうし。

 

「じゃあ、そういうことにしといてやるよ」

 

ふっと彼が笑ったような気がした。

 

「答辞おつかれー」

「またな!!」

 

俺は『またな』って言ったんだからな。

言葉の力を信じてるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学に入った俺は卒業までの4年間でやりたいことはすべてやり尽くそうと決めていた。

入学前から金髪にして、ピアスを開けて、サークルも入った。友人に誘われてバンドも始めた。ライブハウスにもクラブにも通った。それでも大学も無遅刻無欠席を貫いた。

それには理由があったわけだけど、それを知る友人たちには一様に羨ましがられるので深く話すことはしない。

とにかく、俺にはあと4年しかなかった。

 

色々やった中で一番ハマったのはバンドだった。自分で言うのは何だけど、メンバー全員顔も腕も奇跡的に良かった。大学の中ではあっという間に人気バンドになって、3年になった頃には小さいライブハウスでたまに演奏するまでになった。

前から好きだったラップを楽曲に入れさせてもらってからはもっと楽しくなった。リリックを書いて、みんなで作った歌を練習して、客前で披露することは最高に興奮した。どんどん人気が出ていっても俺を含めてメンバー皆バンドを続けるのは大学までと決めていたのも居心地が良かった。

 

 

 

 

 

松本に"縁あって"再会したのは、大学3年が終わろうかという時だった。

あるライブハウスの対バンに初めて参加することになって会場に行ったら彼がいたから本当に驚いた。

 

「……松本!」

「…………誰だっけ」

「おいコラ」

「冗談だよ。でも金髪になってるから一瞬わかんなかった。なに?どこのバンド?」

「Storm。3番目の」

「ああ、初めてだよな?あんたのバンドだったんだ」

「お前は?」

「俺はここのスタッフ。まあ頑張れよ。お手並み拝見だな」

「え?いや、ちょっと待てよ」

「リハ始まるだろ。早く行けよ」

 

ひらひら手を振って会場に消えた彼の後ろ姿を見ているとメンバーが寄ってきた。

 

「翔ちゃん、誰あのイケメン」

「……高校の同級生。びっくりした。久々に会った」

「友達?やっぱイケメンにはイケメンの友達がいるんだな〜」

「あとで紹介してよイケメン」

 

メンバーが好き勝手言ってくるのを適当に流して楽屋に向かいながら、再会した彼の姿を思い返す。

高校の頃も美形だと思っていたけど、あの頃は線も細くてまだ美少年と言ってもいい雰囲気だった。今の彼はもうどこからどう見てもいい男で、ちょっと一歩引いてしまうくらいカッコ良くなっていた。

あれがバンドメンバーじゃなくてスタッフなんて信じられないくらいだ。

音楽も好きなんだろうに、なんでスタッフ側なんだろう。

もしかして破壊的に音痴だったりして。


そう思っていないとやってられないくらい俺はドキドキしていた。






俺たちの演奏を、彼が見る。

 彼はどんな評価を下すんだろう。







今までにない緊張と興奮を抱えて、リハーサルに向かった。