往復書簡 4-3

 



 

 

彼がもうこの世にはいないことを突き付けられ、その場から動けないでいた俺を周りがどう思ったのか、今から彼の住んでいた部屋に行ってみないかと提案された。遺体の回収はできなかったが、昨日彼の部隊で集まって簡易的な葬儀をしたらしい。同室の者が遺品を整理しているはずなので話も聞けるのではないかと言う。


ふいに彼の手紙に書かれていた同室の友人の話が頭に浮かぶ。

俺はどうしても彼に会いたくなった。

彼の生きていた証をひとつでも多く掻き集めたかった。












 


 


彼の部屋に行くと、若者がひとり箱の前に座っていた。彼は頭に包帯を巻いていて、顔にも大きな布があてがわれていた。

彼の上官が俺が来た事情を説明した後で、俺は潤の話が聞きたくてここに来たこと、知っていることを話してほしいと話し、恐縮して直立不動の姿勢になっていた彼に座るよう促した。



「大怪我をしているようだが、大丈夫か?」

「……大丈夫です。こんなの、なんてことはないです。そんな、潤ちゃんのことを思ったら……」

「相葉、殿下の前だぞ。言葉を……」

「いやいい。傷付いているのは君なんだから、そんな小さなことは気にしなくていい。君の言葉で話してくれ」

「……ありがとうございます」



そこまで言って、彼は黙り込んでしまった。話そうとしても言葉が出てこず、滲んだ涙を拭っている。

彼にとっても、潤は大事な友人だったのだろう。

込み上げるものがあったが何とか押さえ込んで、彼の言葉を待った。







「潤ちゃんは優しい子で、空いている時間があれば施設に行って孤児になった子たちの面倒を見ていました。給金も全部持っていってました」

「……全額?」

「はい。自分にはもう家族もいないし、使い途が見つからないからって」



自分のために使おうとは思わなかったのだろうか。

未来の自分のために、という発想もなかったのだろうか。



「子ども兵のこともよく話していたんです。子どもたちが最後にひとりで死んでいくことが本当につらいと言っていました」

「……」

「あの時、俺は潤ちゃんから離れたところにいたんです。逃げろって指示の後に、行くな、戻って来いっていう声が聞こえて、もしかしたらと思いました。見てみたら、やっぱり潤ちゃんで……」

「……」

「彼は一所懸命爆弾を外そうとしていて、でも外れなくて、そしたらその子のことを抱きしめてあげてました。頭を撫でてあげてて、何か言ってるようでした。俺は、どうしても目が離せなくて、最後まで見てました。俺も吹き飛ばされて、気付いたらこういう状態でした……」







潤は、子どもを助けたかったんだ。

それができないなら、せめて一緒に死んであげようと思ったんだろう。







『だから、怒らないでね』と言う声が聞こえたような気がした。







怒れるかよ。

でも、文句くらいは言わせろよ。







「あの、殿下」

「……なんだ?」

「彼は身寄りがないので、彼の持ち物は処分するしかないと言われました。持ち物といってもこれしかないんですけど……」



小さな箱の中に、服と細々した物が少しだけ。

これが彼が遺したもの。

これが彼のすべて。



「私の方で預からせてもらう。縁者を探して必ず渡す」

「それなんですが、彼には大切な人がいたんです」

「……彼が言っていたのか?」

「手紙です」







心臓が跳ねた。

俺と彼を繋いでいた唯一のものだ。







「文通していた人がいたんです。潤ちゃんは何度も何度も読み返していて、返事も丁寧に書いていました」

「そうか……」

「あんまりずっと読んでるから、誰から?って聞いたんです。そしたら、すごく大切な人だって言ってました」

「……」

「生きる理由だって」







それなら、なんで、お前はもういないんだよ。

会いに来たのに。

一緒に生きようって、言いに来たのに。







「相葉、その手紙の差出人はわからないのか?その人に連絡を取ればいいんじゃないのか?」

「手紙はないんです。潤ちゃん、いつも軍服の胸ポケットに入れてたから」

「じゃあ、何もわからないじゃないか。いくら殿下にお渡ししたって……」

「大丈夫。必ず探して、その人に渡す」

「……」

「信じてほしい」

「はい。お願いします」

「君に話を聞けて良かった。ありがとう」







ありがとう。

今までありがとう。

潤の傍にずっといてくれて、彼を想ってくれて、ありがとう。



















箱を持とうとする申し出を断って、自分で抱えて自室に戻った。

丁寧に畳まれた服は見たことのないものだった。近衛兵になってからは任務中の彼にしか会ったことがなかったので、この服を着ている彼をうまく想像できなかった。もうずっと前から、俺と彼の距離は離れてしまっていたのか。

ふと目を落とすと、見覚えのあるものがあった。

使い込んだ万年筆と数冊の本。

子どもの頃に、俺があげたものだった。







『私の心は翔様のお傍に置いていきます。ずっとお守りいたします』







胸ポケットから、彼の手紙を取り出した。

丁寧に綴られた文字をなぞると、彼の柔らかな声が聞こえてくる気がした。







俺にとっても、生きる理由だったよ。







堰き止めていたものが一気に溢れ出し、涙で手紙が見えなくなった。