注意!
この話は大昔のどこか架空の国のパロディです。
詳細を書ききる力がないので、なんとなくの雰囲気で読んでいただきたいです。
しょうさんが王子です。若いしょうとじゅんです。
ですがバッドエンドです!!
つらい展開やバッドエンドが苦手な方はお気をつけください。
読むのは自己責任でお願いします。
 
 
 
 
 
 
 
プロローグ   ―― J side
 
 
 
 
 
「翔様がお呼びだ。裏口に馬で」
「承知しました」
 
翔様の身の回りのお世話をさせていただく侍従だったのは1年前。近衛隊に異動してもう1年が経つ。
こうして馬で供をすることも慣れた。周りも俺と翔様の関係を知っているので、表立って何か言われることもない。
それでも幾何かの羨望の眼差しは感じながら部屋を出る。
 
(――今日呼ばれたのは、人事の件だろうか……)
 
そう思うと少し胸が苦しくなる。
 
 
 
 
 
裏の門前で待っていると供を数名引き連れて翔様が出てきた。
会釈をして馬を横に並べると、彼らはさっと距離を取り数メートル離れたところに位置を取る。
彼らにも軽く会釈をしてから、翔様に顔を向けた。
 
「どちらへ行かれますか?」
「川縁りの桜を見に行きたい。そろそろ咲く頃合いだと思う」
「畏まりました」
 
美しい二重の瞳をすっと細めて俺を少し見つめた後、翔様は手綱を引いて歩を進めた。
 
 
 
 
 
『ふたりでいる時くらい昔のように話せ』とはもう言われなくなった。
これで良いのだという思いと、やはり淋しく思う気持ちの両方を抱えながら、翔様の横にぴたりと馬を付けて従った。
 
こうして肩を並べることももしかしたら最後かもしれない。
春の穏やかな風が自分たちを優しく撫でていく。
きらきら光る水面と蒼く芽吹く若葉を見ていると、ふと翔様と出会った日のことを思い出した。
 
 
 
 
 
あの日俺は、絶望と希望をすべて味わった。
そしてあの日からずっと、翔樣は俺にとってすべてだった。
 
 
 
 
 
「……まだ早かったか」
「そのようですね」
 
川縁りに連なる桜並木はまだ蕾のままで、その大きさからしても開花まで少なくとも1週間ほどはかかりそうな様子だった。
翔様の残念そうな表情を見て俺は少し驚いた。こんなに気持ちが顔に表れている翔様は久しぶりに見る気がしたからだ。
民の前では美しく輝く笑顔を常に絶やさない翔様も、昔はこんな風に喜怒哀楽を示してくれることがよくあった。
拗ねてしまった翔様を宥めたこともあったなと、懐かしさに思わず口元が緩む。
 
「楽しみが少し延びたと思いましょう?」
「でも……、いや、なんでもない」
「翔様?」
「…………お前と見たかったんだ」
「……」
「志願したんだろう?」
「…………ご存知でございましたか」
 
俺が我が国の最激戦地への任務を志願したことを、翔様はやはり、知っておられたのだ。
 
 
 
 
 
「なぜ志願した?」
「……人が集まらないと聞きました。受けた御恩をお返しするのは今しかないと思いました」
「お前が行ったって足手纏いになるだけだろう。もっと兵として経験を積んだ者でないと危険だ。お前は何もわかってない」
「翔様」
「お前が行く必要はないと言ってるんだ」
「誰かが行かなければなりません」
「潤」
「翔様がいずれ治めることになるこの国のお役に立ちたいのです。翔様に救っていただいたあの日からずっと、それが私の願いとなりました」
 
 
 
 
 
俺は翔様に文字通り命を救ってもらったのだ。
12歳の時、俺の村は戦争に巻き込まれた。圧倒的な数の敵に攻め込まれ、生き残った住民は防空壕に身を隠した。父が2年前に戦死してから女手一つで俺を育ててくれた母は、何とか生き残ろうと敵に投降することを決意し周りの目を盗んで実行に移したが見つかって俺たちは捕えられ、リンチに遭った。
そんな俺の前に翔様は現れた。
俺たちは裏切り者で殺されても仕方ない存在なのだと力説する人々の意見を一通り聞いた上で、「民をそうさせるまで追い込んでしまったのはひとえに国の統治者としての責任だ。罪があるとするならばそれは私たちにある。その者を放せ」とよく通る声で言い、翔様自ら俺のところに来て縄をほどき血を拭ってくださった。
 
これからはこの方のために生きようと、その日誓ったのだ。
 
 
 
 
 
「……私の願いはどうなる?」
「私の、願い?」
「……ずっと傍にいろと。約束しただろう?忘れたのか?」
 
 
 
 
 
忘れるわけなどない。
ずっと翔様の傍にいて、翔様をお守りしようと昔から心に決めていた。
それができないと思ったのは、自分の本心に気付いてしまったからだ。
翔様が成人となった頃から、どの国の姫と婚姻するかという話題が事欠かなくなった。国の平和と安寧を築くためには、王族の婚姻は大きな戦略であり、翔様の大事な使命だ。
それなのに、俺はいつかくるその状況に耐えられないと思ってしまった。
翔様が家庭を築き、誰かを愛する姿を傍で見ていることは、どうしてもできないと思ってしまったのだ。
思い悩んだ末に近衛兵に志願し、翔様から物理的に距離を置いたのが1年前。
そして翔様の婚約が発表されたのが1ヶ月前。
 
今回の異動希望も、弱い自分の心が本当の理由だ。
自分を良く見せようと最愛の方に心を偽って、傷付けておいて、俺は口では御恩をお返ししたいなどと言って綺麗に去ろうとしている。
 
 
 
 
 
「……翔様との約束を忘れてなど。傍におります。私の心は翔様のお傍に置いていきます。ずっとお守りいたします」
「そんな、どうやって守るのだ」
「それは、秘密です」
「なんだそれは」
「秘密の力でお守りします」
「お前……、子どもみたいなことを……」
 
それでも真面目な表情をつくって翔様をじっと見つめていると、参ったと言うように翔様がふっと笑みを溢した。
俺もつられてつい表情が緩む。
ふたりで少し笑い合って、ほっと息を付くと翔様が言った。
 
「すまなかった。次期国王として恥ずかしいくらい私情でものを言ってしまった。忘れてくれ」
「はい」
「……いや、やっぱり覚えていてくれ。本音だ」
「……はい」

「約束は守れ。絶対に死ぬな。任期を終えたら今度こそ傍に仕えろ」

「もちろんそのつもりです。約束いたします」

「わかった。ではこの話は終わりだ」

「はい」

 

 

 

 

 

それから、翔様はそのことには何も触れなかった。

俺たちはいつもと変わらない会話をし、いつものコースを歩き、そのまま別れた。

俺は去って行く後ろ姿を目に焼き付けようと、瞬きをせずにじっと見つめ続けた。

 

多分、彼を見るのはこれが最後になるだろう。

 

 

 

 

 

「申し訳ありません、翔様」

 

 

 

 

 

約束を守れないだろうこと、

そして、

あなたを愛してしまったこと。

どうか、お許しください。

 

 

 

 

 

翔様のこと、いつまでもずっと、お慕いしています。