連絡先を交換して、待ち合わせの場所を決めていったん潤と別れた。

熱気が充満している車内の温度が下がるのを待ちながら今日のプランを組み立て、常連の店に予約をして一息つく。

 

店で解散は、したくないな。

できれば家に呼ぶとかしたいけど、ちょっと欲張りすぎるかな。

 

 

 

 

そういえば、あの頃も家に呼ぶことに一所懸命悩んでいた気がする。

潤に喜んでもらうにはどうするか考えて、でも結局空回って、自分の未熟さに腹が立ったりして。

 

(今と大して変わらねえじゃん)

 

思わず自嘲していると、潤が走ってくるのが見えた。

なんだろうと思って車の外に出ると、潤がそのまま抱きついてきた。

 

 

 

 

「翔くん」

 

 

 

 

耳元で名前を呼ばれて身体が一気に熱くなり、思わず腰を引き寄せる。

首に絡まっていた腕が離れていったと思ったら、そのままキスされた。

 

 

 

 

唇が触れ合っただけの、短いキスだった。

 

でも、気持ちが込められたあったかいキスだった。

 

 

 

 

「どうしても、ここでキスしたくなったんだ」

 

 

 

 

熱のこもった瞳で見つめられて頭がくらくらする。

 

 

 

 

「12年前の今日を忘れられなかったみたいに、今日のこともずっと覚えていたくて」

 

 

 

 

言葉で返すことがもどかしく、今度は俺からキスをする。

甘くて、柔らかくて、溶け合っていくことが心地良い。

 

 

 

 

こんなキス、忘れられるわけない。

 

 

 

 

生温い風が運んでくる潮の香りも、波の音に混じって聞こえる潤の吐息も、身体に触れる潤の手の温度も、何もかもひっくるめていつまでも覚えている自信がある。

 

 

 

 

キスの後、お互いに息があがっている状態で顔を見合わせて、思わず笑いがこぼれた。

 

「明日は仕事?」

「うん。8月最後だし、明日もここに来るよ」

「そっか……」

 

朝、早いんだろうな。

朝までとはいかなくても、せめて今日が終わるまでは一緒にいたかったけど、今日は諦めるか……。

 

「どうかした?」

「ん……」

 

黙り込んだ俺を潤が覗き込む。

一緒にいたいとか駄々こねるなんて、ちょっと大分面倒臭い男だなと思って言いかけた言葉を飲み込んだ。

 

でも、俺はもう、ちゃんと気持ちを言葉にして伝えると決めたんじゃなかったか。

潤だって、キスをしに戻ってきてくれたじゃないか。

 

 

 

 

「メシ食った後、俺のうち来ない?今日は一緒にいたい」

「……翔くん……」

 

やっぱり言って良かったなと思う。

潤の赤くなった頬とかキラキラ潤む瞳を見て、もう思ったことは何でも言うようにしようと再度決意する。

 

「でも、やっぱり明日の仕事があるから……」

「そっか……」

「だから翔くん、うちに来ない?」

「え?」

 

駄目だったかと落ち込もうとしていたところに、思ってもみない台詞がきた。

 

 

 

 

あの頃、聞きたくて聞けなかった台詞。

 

 

 

 

「……待って、ね、翔くん、泣かないよね……?」

「……泣いてないけど、泣くかも」

「ちょっとなんで?どうしたの?」

「……大丈夫。ちょっと感極まってるというか、喜びをかみしめてるだけだから」

 

大分様子のおかしい俺に潤は心配そうだ。

ただこれに関しては理由を説明しないとドン引きされかねないと思い、あの頃の話をすることにした。

話していくうちに、潤の表情が曇っていった。

 

 

 

 

「……うちに誘ってくれなくなったじゃん?だから、ああ俺やらかしたんだなって思って。潤のこと傷付けたんだろうなって」

「……ごめんね……」

「……謝んなよ。お前は悪くないよ」

「俺、翔くんの気持ちわかってたんだ。翔くんは優しくて……いつだって俺のこと気遣ってくれてたもんね。わかってたのに、できなかったんだよ」

 

子どもだったんだよね、やっぱり、と潤が呟いた。

 

「翔くんは、ホント何でもできたでしょ?頭も良くてサッカーもできて人気もあって友達が沢山いて……それであんなに、その、裕福なご家庭でさ。俺、翔くんち行った時にびっくりしたんだから。あんな大きな家、初めて行ったよ」

「……」

「俺たちは全然違うんだなって、思っちゃって。翔くんは、俺の家のことなんか関係なく付き合ってくれてるのに、俺は勝手に比べて引け目感じたりして、なんかそういう自分が嫌だった」

 

俺も色々ぐちゃぐちゃ悩んだりしたけど、潤は潤で色々考えて悩んだりしていたんだ。

仲の良い友達だからこそ、知られたくないことや言えないことがあったあの頃。

傷付けて傷付いて、それを繰り返して大人になっていく。

 

 

 

 

「俺はもう大人になったから、自分の好きなことをして生きていける。仕事だって、住む場所だって、もう自分で選べる。一緒にいたい人だって自分で選ぶよ」

「うん」

「今は結構自分のことが好きなんだ。自分の人生だって、今のとこなかなか良いと思ってるしね」

「……俺は、どうかな。周りが思ってるよりも、自分の人生には満足してないかもしれない」

「そうなんだ」

「でも、今日お前に会えて、変わっていく気がする」

「……それは俺もだよ」

 

 

 


あの頃の自分たちは子どもだった。

自分の力ではどうしようもないことが山ほどあって、なりたい自分になれなくて、自分の気持ちを言葉にする術も未熟で、いつももがいていたし何かに抗っていた。

俺たちは大人になったんだ。

今なら互いのことを尊重できるし、穏やかに関係を築いていけると思う。

きっと、ずっと傍にいられる。





「じゃあ、そろそろ行こっか」

「あーちょっと待って」





またすぐに会うけど、もう一度キスさせて。





照れくさそうにはにかむ潤を引き寄せて、ありったけの想いを込めて愛しい人にキスをした。















END

 









完結です!

お付き合いいただきありがとうございました!!