中学生の時にメンバーの面白さに引かれて文芸部に所属しておりまして、その関係か国語辞書を見るのが好きで暇々に辞書をめくっていたのですが😅

或る時、野鶴という言葉に出会いまして、その辞書では確か「野に居て飄々と生きる人の事」とか書いてあり、当時(いえ今もですが💦)満遍なく人付き合いをするタイプでは無かった為、生き方として納得する処がありました😊


21歳で結婚し翌年出産以降、一人の子供ですが色々あり、その子供のお陰で逆に人間的に成長させて貰ったとも思いますし又、子供も親を現実的に気遣える人間にもなって呉れました😊


最近は私も還暦を過ぎ、そういった状況も現在は落ち着いておりますので、人生が90年なのか100年なのか分かりませんが今後の事を思う様になりました。


私は独身の時から茶道を習う環境が有った為、子育てをしながらも現在の還暦過ぎまで何とか続けて来たのですが、その茶道の中で遊び半分では有ったものの時々、自由律等で歌を詠む事があり、そんな時にふと思い出して野鶴と記しておりました。


このコロナで自粛生活となった中、自宅では道具も殆ど無く稽古も出来ない事がどうにも耐えられず手元も不如意でしたので、とにかく知恵を絞りDIYで茶室を造る事にしまして😂


結婚前に一時、夫が食品製造業をしていたスレート造りの工場の角に30年以上前、簡易な部屋を造っていた為、そこを改造したのですが(夫も飽きていたらしく簡単に譲りましたが😆💦)


只、本格的な石膏ボードは(その頃、自律神経が不安定で夫も疑問視、私も自信が無く💦)貼らなかったので夫が10年前に止める迄、ベニヤ板に長年染み付いていた煙草のヤニを水拭きして何とか落とし、その上にヤニが染み出て来なくなる迄、真夏の二ヶ月間というもの3度くらい塗り重ねた訳です😂💦💦💦


天井は漆喰を塗るには細工を要しましたので剥離したりした後、手直しをして一部は柿渋を塗っておりますが、やはり剥離が出るので随時、手を入れております😂💦


10歳上の夫が50を過ぎての失業後はバイトでの仕事でしたので、私も40半ばから50半ばまでは何とか仕事をしたものの、自律神経から来る様々な症状が有り、10年くらい前から仕事も出来ず、心身共、自分に自信が持てない最中でした😅


でも、この時、何だか自分の身体が思うに任せない上に、対外的にも自由が利かない状態である事が物凄く悔しくて、とにかく何かを打破したいと念ったものの様です😅


7.8月の温暖化で暑い盛りでしたし、それ迄は毎日がほぼ熱中症状態の我が身でしたので、そんな自分にほとほと嫌気が差していたのだろうと思います😂


天井付近がどれ程、暑かろうと頭や首に保冷剤を巻付けて、する事も何もありませんから、只ひたすら朝の涼しい内から夜は投光器を点けてまで漆喰を塗り重ねる日々でした😆💦


そのお陰だと思いますが、それ以降、夏は年々気温が上がっている筈ですが、前の様に熱中症での頭痛等に完全にダウンする事は無くなって来ました(避け方を得たのかもしれません)


結局、言いたかったのは、その茶室の名なのですが😆


野鶴庵と号しております。


外からは茶室等とは思えないでしょうし、いえ中を見ても単なる漆喰の部屋です。尚、炉も漆喰で数㎝塗り重ねては、おります😂


でも中学の時に自分の生き方、在り方を意味付ける言葉に何故か出会っていた訳ですから、やはり、これも不思議な話ではあります😳