Venusの独り言 From Seattle -18ページ目

Venusの独り言 From Seattle

魂と思考と行動のバランスが取れ、輝くことが私の幸せ
そんな私の日々感じたことを綴っています。


確かに中途半端な時期ってある。

それは、一歩踏み出せないでいる時かも知れないし、

考えている瞬間かも知れない。


その瞬間が最終結果ではない。

人は常に変化をしていて成長し続けていると信じている。


一つの結果は その次へのプロセスに過ぎないと。


Soyonoの独り言


大晦日の夜は、恒例の友人宅でのパーティーを楽しんだ。

友人は数年前、日本からコンビニにある おでん鍋をシアトルに担いで帰ってきた。
その友人が作る美味しいおでんと年越しそば、そして おぜんざい(関東では おしるこ)
持ち寄った料理に舌鼓を打ちながら、録画しておいた 紅白を皆で楽しみ、
シャンパンでカウントダウンをして新年を祝った。


1日はシアトルにある椿神社 に伺った。

毎年、とっても日本らしいお正月を過ごしている。
違っているのは 年賀ハガキが届かないことだけかもしれない。

1日の夜は またまた 恒例の 京都の料亭で修行をされた寿司職人の友人宅に
お伺いするのだが、私は夕方からブルブルと寒気がし、とうとう熱を出してダウン。
パートナーだけがお伺いすることになった。

行けなかった私のためにと おせちの折り詰めを準備してくださった。
優しいお心遣いが心に沁みた。

翌日、じっくりと おせちを頂いた。
いつもは、ワイワイとお喋りをしながら頂いていたが、今回は ゆっくりとじっくりと
ご夫妻のお心遣いを感じながら頂いた。
頂きながら、お料理を通して色んなことを感じた。

プロが作るおせちなので本当に美味しい。何が美味しさの秘訣なのだろうと
眺め、食べ、観察した。

全ての食材に じっくりと 時間をかけて 下ごしらえをし、細工が施されていた。

甘さと酸味のバランスは絶妙。私の なます は ツン!とは来ないけれど
最初から最期まで 酸味が口の中に残る。が、職人の作る なます は
最初は甘さが感じられ、後で酸味とまろやかさがやって来る。

黒豆の甘さを 音階で説明すると、私の甘さは 高音の場所にある。
が、職人の作る 黒豆は 最初は口の中で甘みを直ぐには感じない。が、
低音にしっかりとした コクのある甘み が感じられた。

煮物は薄味で仕上げられ、素材そのものの味と含まれたダシの味が楽しめる。

一品、一品を頂きながら、今年の私は「辛抱強く、一つ一つのことと丁寧に向き合う」を
目標にしたいなと感じた。 時間短縮はあまり考えなくても良いのかもしれない。

優しいお心遣いと美味しいお料理ですっかり元気になった。


今年はもっと 料理を楽しんでみようと思う。

あっと言う間に3日も過ぎた。
今年も あっと言う間に1年が過ぎそうである。

ゆっくり じっくり 味わいながら 楽しんで残りの362日を楽しみたい。


新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


昨年を漢字で例えると「放」でした。


自分では 大切にしているもの 信条 生き方そのもの であったものを
一旦、自分自身から 手放し、 また、解き放たれる瞬間を何度も体感した年でした。

一番大きかったのは「生きていて良い」であったと思います。


シータ・ヒーリング を学んでいた時に、私のどこかに 
生き急ぐ 自分がいることに気づきました。

自分の中では 一生懸命 ただ 一生懸命、丁寧に生きていたつもりだったのですが、
生き急ぐ 私がいました。

その事に気付き、自覚し、ゆっくりとじっくりと 味わいながら生きていて良いのだ、
その間に脱線することもオッケー、立ち止まることもオッケー。
もしかすると 一生懸命じゃないかもしれない、丁寧ではないかもしれない。
それもオッケー。 ゆっくりじっくりと 味わいながら 自分で生き方を選ぶことが
できるのだ。

これを自分で受け入れた時に 何とも言えない安心感と満たされた感じを受けました。


今年も自分自身に矢印を向け、「楽しむ」ことをキーワードに1日 1日を
ゆっくりと じっくりと 味わって過ごして生きます。


2010年 Soyonoの宣言