最終回までもう少し!
このお話は、私が中学生の時の恋のお話です。
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ちなみに高校時代の恋のお話は(完結済)はこちら
前回、第二十話「沢村一志」はこちら
冬の海・天使のハシゴ
第二十一話「バイバイ、と言った」
「先輩、飛行機怖くないん?」
窓拭きする手を止めて、私は聞いた。
「え?」
「飛行機。千葉行くとき乗るんやろ?あれみたいに」
指差した先にあるのは、茜に燃えはじめた空を割り伸びていく飛行機雲だった。
「ちゃうで?新幹線やで」
「そうなん?!飛行機ってずっと思ってた。今まで飛行機乗ったことないからいいなーって」
卒業式が終わると、先輩の引っ越し作業も大詰めで、私も足手まといになりながら手伝っていた。
主に掃除を受け持つよう言われた私は、なかなか取りきることが出来ない雨筋をしゃかりきに擦っていた。
外は穏やかなスピードで一日が終わっていく直前の甘い香りが漂っていた。
「飛行機乗ったことないんか?田舎もんやなー」
「先輩も大阪人やん・・・。あっ、千葉は大阪よりも都会?東京の近くやろ?芸能人いっぱいおるんやろか?」
「そんな変わらん気するけどな」
「ふーん・・・。あ、この前人に聞いたんやけど東京ディズニーランドって千葉なん?違うやんな?東京やんな?」
「千葉にあるんやで」
「嘘ー?東京ディズニーランド言うてるやん」
「家賃高いんちゃうか?東京は」
「ふーん。そっかぁ」
「いつか連れて行ったるわ。ディズニーランド」
「えー?!ほんま??」
まだ次があるから大丈夫。まだ次があるから。
そんな風になんとか自分の中で先輩が千葉に旅立つ日を遠ざけようとしていたけれど、その日はものすごい早さで近づいて来てしまう。
目を閉じて、なんとかその日までのやるせなさから逃げようとしていたけれど、別れが近づく足音に揺り起こされる。何度も。
飛行機雲はいつしか押し寄せる夕闇に消えていった。
沢村先輩が旅立つ当日。彼と私は駅にいた。
ほんとうは、見送りには来るなと言われていた。
「絶対新幹線乗り場まで見送る!」
と言ったけれど、
「俺を見送ったら帰りお前一人やん。俺・お前を家まで送ってあげられへんし。だからあかん。かわいそうや。」
彼は断固として何時頃の新幹線に乗るか教えてくれなかった。
それでも私は半泣きで、
「教えてくれな大嫌いになる!!」
とダダをこね続けた。
彼はそんな私に根負けし、二時に出ることを教えてくれた。
ただし見送りは新幹線の駅ではなくて、私たちの最寄りの駅までという条件付きで。
降車した客たちがさざ波のように改札を抜けてくる。
私たちはその波を避けるよう、柱の影に隠れた。
何を言っていいかわからず、
「関東は水がまずいらしいから気をつけて」
などとわけのわからないことを口走っていた。
「安藤。ありがとうな。また手紙書く。電話もするから。」
先輩は私の頭を軽く撫でた。
「うん。絶対やで!!」
私はしつこいくらいに念を押した。
「あと、これ」
先輩は小さな包みを手渡した。
「なに?」
中にはカセットテープと、写真が数枚。そして小さくたたまれたメモが入っていた。
「俺を見送ったら読むんやで」
「えー今読みたい。」
「絶対あかん。見送ってから!」
彼は笑った。
「うん」
「じゃあ、行くわ。」
と、先輩は荷物を抱えた。
「・・・手紙と電話、絶対して」
「わかった」
「夏休みは無理かもしれんけど、冬休みになったら遊び行くから!ディズニーランド行きたい!」
「うん。約束な」
「うん」
「・・・じゃあな」
私は胸がいっぱいすぎて涙も出なかった。頭がぼんやりとして。全身がジーンと鈍く反響する何かの塊になったようだった。
もう先輩だけしか見えない。
彼が歩いていく。
いつもふざけて抱きついた背中が私から離れていく。
改札機に切符を入れる瞬間、先輩は振り向いて手をあげた。
私も小さく手を上げた。
改札を抜け、乗り場へ続く階段に足をかけた先輩は。もう一度私を振り返った。そして笑って、唇を動かした。
バイバイ
え?バイバイ?
確かにそう見えた。
バイバイという言葉を使うのを嫌がっていた彼が。
先輩、バイバイって言ったん?
そして。
もう一度前を向いて歩きだしたその姿はあっと言う間に消えていった。
私のこの目が見た、沢村先輩の最後だった。
もらったメモを開くと、「大好き」とだけ大きく書いてあった。
彼に好きと言わされる事はあっても、ほとんど言われたことはなかった。
私はそのたった三文字を何度も読み返した。
家に帰ると、私は電池が切れたようにコトンと眠りについた。
どれくらい眠ったのだろう。
遠くで電話の呼び出し音を聞いた気がした。
近く遠く鳴り続ける音にようやく体と頭の焦点が合い、のっそり起きた。
外はすでに真っ暗で。家には誰もいないのか、しんと青い闇に沈んでいた。
「・・・はい」
「もしもし?安藤?」
優しい声。いつもの沢村先輩の。
「うん!」
その時思ったのは、今から先輩のマンションに遊びに行こう。だった。
「今着いたで。千葉」
彼の声の向こう、たくさんの足音やざわめきが渦巻いていた。
そか・・・千葉に行ったやん・・・さっき見送りしたやん・・・
幸せな夢の続きを見ているような気分から一瞬にして現実に引き戻された。
グッとテンションが下がって、泣きそうになった時。
グス・・・グス・・・と鼻をすする音が聞こえた。
え?
私は硬直して、受話器に耳をそばだてた。
「あんどう・・・ありがとうな・・・おまえ・・・がんばれよ・・・ごめんな・・・ありがとう・・・」
別れの時には決して泣かなかった彼が泣いていた。
きっと私を悲しがらせないよう気丈に振舞っていたのだ。
「・・・うん・・・」
私はうなずいた。
先輩、大阪は辛い思い出が多かったかなぁ?千葉では楽しくやれるかなぁ?
電話が終わると、彼からもらった包みを開けた。テープをかけてみた。
流れてきたのは、いつも先輩の部屋で聞いていた女性ボーカリストの歌声で。
写真はあの冬の海で、天使のハシゴをバックに私が笑っているものだった。
「天使のハシゴちゃんと映ってないやん・・・」
ひとりつぶやいて。
大好きと書かれたメモを飽きることなく見つめ続けた。
第二十二話「悲しいのは薄れていくこと・薄れていく悲しみに気づかないこと」 へ続く
