そろそろこの話も終わりだす。最終回まで全力(りき)でいくぜ!


このお話は、私が中学生の時の恋のお話です。
目次はこちら→
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ちなみに高校時代の恋のお話は(完結済)は
こちら


前回、第十八話「冬の海・天使のハシゴ」はこちら



冬の海・天使のハシゴ



第十九話「サヨウナラの一歩手前」




三学期がはじまった。


三年生は、受験などの関係でほとんど休みになっていた。
休憩時間になるたびに沢村先輩のもとに走っていた私は、彼がいない学校を持て余していた。
知らんぷりで流れ続ける季節の中、何も変わらないのに先輩の影が消えた校舎。それだけなのに、パズルの1ピースどころか組み方すらも忘れてしまったかのような空っぽ。

彼との学校生活が初期化され、ポンと「先輩のいない中学校一年」という毎日に投げ出された私は心細さとなんとか付き合っていくしかなかった。




沢村先輩はすでに推薦で千葉の高校合格を決めていたので毎日暇そうだった。


「退屈やし。お前が学校から帰ってくるくらいの時間にお前んとこ迎えに行っていい?」


と、毎日私が帰宅する時間を見計らって、家の前まで迎えにくるようになった。


「先輩、ほんま暇やねんなー」


「ほんま暇やねん」


四月の頭には千葉へ行く、と聞かされていた。
サヨウナラが決まっている四月。それまでの期間はエアポケットに入ったような・淀みでくるくる回り続ける落ち葉のような毎日で。

ふわふわと足が地につかず、けれどいつも心はしっとり濡れているような奇妙な時間の流れ方だった。





二月に入り、近くのスーパーは真っ赤に飾りつけた騒がしいコーナーを作り、バレンタインデーをアピールしはじめた。
彼のマンションに行く途中、一緒に買い物をしている時にそのコーナーを横切り、


「なぁ、先輩・チョコとマシュマロどっちが欲しい?」


と、聞いた。


「え?バレンタインか?そんなんチョコやろ、普通」


「でも男か女かわからん人間からもらうんやで?チョコかマシュマロ選べるやん?あ、マシュマロなんか今どきあげへんか・・・」


ふざけ半分で聞いたつもりだったのに、彼は真剣な顔で、


「そういう冗談はやめとき。俺はチョコが欲しい」


と言った。


チョコか・・・・。


小学校の頃、かすかに好きかなーと思う男子が女子たちからやいのやいのとチョコをもらっているのを遠巻きに見ていたけれど、その女子側に立つ自分にピンと来なかった。


「じゃあチョコにするわ」


答えた私は、どこでバレンタインチョコ買えばいいのかなーと頭でシミュレーションしはじめた。




数日後、私は意を決してスーパーの売り場へバレンタイン用のチョコを買いに行った。
男の私がバレンタインコーナーをウロウロしている姿は滑稽だっただろう。


周りを気にしながら遠慮がちにポツポツ手に取っては品定めしていると、同級生の女子たちに見つかった。


「あれ?安藤も誰かにチョコあげるん?」


からかわれ、


「ちゃうわー、おいしそうやな思って」


心臓が爆発しそうなのを必死で隠し、言い返した。


「ほんま?安藤ってなんか手作りチョコとか誰かにあげそうやけど」


「そんなんせーへんわ」


私はすぐにチョココーナーを離れた。


うーん・・・

手作り?チョコを?

すごいなーそんなん出来るんや・・・

そう思いながら、チラッと振り返ると、キャッキャ言いながらチョコ選びに興じる女子たちが目に入って。

なんだか男からも女からも仲間外れに遭っているような、ムズムズした気持ちになった。



途方に暮れた私は、普通のお菓子売り場から板チョコを二枚取りレジに向かった。そして文房具屋に寄り、包装紙と小さなリボンを買って自分でチョコを包装することにした。
あまり可愛い包装紙がなくて、和風のババくさい柄だったけれど、なんとかごまかそうとリボンで飾りつけた。ラッピングというよりも包装という言葉がぴったりだった。





あれ?おれへん・・・


バレンタイン当日。下校した私を迎えにくると言っていたのに、私が家に着くと沢村先輩の姿がなかった。
いつもなら団地の階段前の植え込みであぐらをかき、むしむし草をむしっていたり、木にもたれてぼんやりしていたのに。


まだなんかな?


とりあえずカバンを置き、家から電話をかけてみた。

プルルル・・・・


呼び出し音が鳴るばかりで、先輩は電話に出なかった。

こっちに向かってる最中かな・・・?

それなら外で待っておこうと、先輩にあげるチョコを机の引き出しから取り出し、私服に着替えていた私は何気なく窓の外を見た。
すると、広がる団地裏手の風景・いつも先輩に電話をかける電話ボックスのある公園の中、鉄棒で遊んでいる先輩が見えた。


ああ!


一人遊びする先輩が珍しくて、私はしばらくの間観察していた。
鉄棒を握り替えたり、逆上がりしたり、前回りしたり。運動神経が良い彼は、北風にくるくる回る風車のように回っていた。
時々休んだり、空を見上げたりしては、また飽きずに回り始める。

そんな彼を、最初は面白半分で見ていた。けれど次第に胸が絞られるような思いが全身を駆けた。


私が隣にいない彼。


はじめて、彼がいなくなって、私が・彼が離ればなれで互いの日々を生きるということがどういうことか、少しわかったのだと思う。
センチメンタル。

口に出せば安っぽいこと。
けれど、十三歳にしてはじめて味わうセンチメンタルに、動けなかった。
二人で行った海、耳元で荒れる海鳴りのような激しさではない。いつの間にか足元をしんと浸してしまう満ち潮のように別れが忍んでくる。満ちてくる。
もうすぐ訪れる「サヨウナラ」の一歩手前で、私は何もできずにただ立ち尽くしていた。




それから約十年後。
大学を卒業した私は、結婚を約束した男性と、その鉄棒で遊んだことがある。
その人が私の育った町を見てみたいと言い出したので、久しぶりに故郷を訪れたのだ。


「鉄棒って懐かしいー!」


斜めに差す晩秋の夕差しの中、嬉しそうに逆上がりや前回りを器用にこなすその人と、あの日の沢村先輩が一瞬重なった。


今でも、いろんな公園で・いろんな鉄棒を見ると思い出す。一人鉄棒でくるくる回る、ジーンズ姿の幼い中学三年生の彼。
私の中の沢村先輩は十五歳のままだ。



第二十話「沢村一志」 へ続く


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