そろそろこの話も終わりだす。いつも温かいメールなどありがとうございます!
なかなか返事返せずすいません・・・。全部読ませてもらってます・・・
このお話は、私が中学生の時の恋のお話です。
目次はこちら→http://ameblo.jp/soyonoameblo/entry-10074623562.html
ちなみに高校時代の恋のお話は(完結済)はこちら
前回第十七話「鈍色の空・線路・彼・海、つづく」はこちら
冬の海・天使のハシゴ
第十八話「冬の海・天使のハシゴ」
曇天の海に着いたのは、夕方前だった。
色んなグレーのグラデーションの雲が分厚く空を覆って、ムースのように泡だった白い波が絶え間なく押し寄せる。
うねる波の低いドラムのような重低音がずっと下腹あたりをずしり響かせ、海上からはビュービュー風が吹きつけていた。
「さむいさむい!」
私たちは大騒ぎし、
「先輩の頭、七三分けになってる!」
「お前もヅラ飛ぶぞ!ヅラ!」
などと、お互いの髪が風にぐちゃぐちゃに巻き上がる様子を見て笑った。
湿った砂に足を取られたり、ふざけて触れた海水の冷たさに飛び上がったり、ひとしきりはしゃいだあと。
私たちは親鳥を待つ雛みたく、防波堤の上でじっと体を寄せあって、荒れ続ける海を見つめた。
「人ってなんで寒かったらスースー息吸い込むんやろ」
「ほんまやな。体育の時間とか皆でスースー言うてるもんな」
「なんでやろ?」
「な」
例に漏れずスースー言いながら、私たちはウォークマンのイヤホンを片方ずつ分け合う。
先輩がその日持ってきていたのはいつも彼の部屋で聞いていたあのアルバムだった。
けれど風があまりに強くて、ピーピー笛を吹き鳴らすように耳元で騒ぐので、どの曲を聴いているのかよくわからなかった。
「お前も来たらええのに」
風圧ですぐにはずれそうになるイヤホンに見切りをつけて、彼はウォークマンを止めた。
「どこに?」
「千葉」
「えー。そんなん転校せなあかんようになるやん!」
私は大袈裟に答えた。
「そやなぁ」
先輩は笑って。海を見た。
彼のマフラーがバタバタ風に鳴って。その横顔を見ていると、なんだか悪いことをしたような気持ちになった。
頬も耳たぶも指先もつま先も、ちぎれそうなほどにじんと感覚がなかった。
「あー!先輩見て!きれー!」
どんよりと空を覆っていた雲が少し割れ、遥か向こうの海面にサーッと光の筋が降りていた。
夕暮れを含んだ薄い金色。
「わーキレーやなー!」
甘い空からの贈り物に少しでも近づけるよう、二人で波打ち際まで駆けた。
グレーの雲をまばゆく黄金色に縁取りながら光は降りていた。
「あれな、天使のハシゴっていうんやで。ハシゴみたいに光が降りてるやろ?」
先輩は言った。
「テンシノハシゴ・・・なんかかっこいー!ドラクエのアイテムみたいな名前やなー」
私はびっくりするような受け答えをした。
「アホやなぁ、安藤は。」
光の筋の隙間から綺麗な音楽が聞こえてきそうだった。キラキラと濃い金から薄い飴色へ刻々と色を変える、空と海と光と雲。地球の合奏。
「早く……大人になりたいなぁ……」
つぶやいた彼を、
「え?先輩何て?!」
振り向いた私は、まだ十三歳だった。
「早く大人になりたいなぁって」
もう一度言って。
目尻をきゅうっと下げ穏やかに笑った彼も、まだ十五歳だった。
冬の荒れた海と、空の光の海の境界線に十三歳と十五歳の魂が・いた。
まだたくさんのことを知らなすぎて、大きな流れに木の葉のように巻かれることしかできなかった小さな魂がふたつ。
夢の世界へ続くような遥かなハシゴを前に、私たちは確かに並んで立っていた。
あのハシゴをのぼれば。
雲の上の空には甘い金の夕暮れが、地平の際を桃に染めながらずっと広がっていたのだろうか。
私は神様だとか天使だとか信じない。
けれど、時折プレゼントのように舞い降りる綺麗なものに、人が神を感じる気持ちはわかる気がする。
一分一秒先のこともわからないこの脆い体。けれど数多の命の奇跡が作りあげたこの体。この体が止まるまで止まれない一生という道のりの中、見えない大きなもの・確かな存在を信じたいのだと思う。そうでもしなければ繋げることができない希望。
太古から続く、神に対する人々の祈り。
豊作であって欲しい。
村の繁栄。
人々の健康。
それらはとてもシンプルなひとつの願いに集約される。
『大好きな人とずっと一緒にいられますように。』
それは大好きな人と一緒にいられる幸せを知ってしまった「人」という限りある命の寂しい生き物が、いつの時代も神に捧げる悲しい祈りなのだ。
どうか、ずっと一緒にいられますように。永久に幸せでありますよう。
沢村先輩。私千葉に行くよって。私も行くよって。あの時・嘘でも言えばよかった。
そうすればきっと先輩の心に小さな何かを残せたんじゃないだろうかっていまさら思うんだよ。いまさら。
ハシゴの下、押し寄せる銀波は、レースの縁取りでずっとずっと続いた。
「安藤、写真や写真!」
先輩はまたリュックから使い捨てカメラを取り出した。
「うんうん!」
そして、私たちは『天使のハシゴ』をバックに何枚も写真を撮りあった。
そして駅前にあったスピード現像屋にカメラを出して、すっかり凍えながら写真が上がるのを待った。
日も暮れた頃。
出来上がった二人の写真には、天使のハシゴがうまく映っていなかった。
えー全然あかんなー残念やなーと言い合って、熱い缶コーヒーを飲みながら黒い海を見た。波だけが白く黒に浮き上がった。
海鳴りがずっと響く中、闇にまぎれて私たちは何度かキスをした。
帰りの電車の中では、二人ともずっと眠りこけていた。
車内の記憶はほとんど無いけれど、ひとつ覚えているのは、工業地帯の様々なライトがデコレーションツリーのようにピカピカ明滅していたことだ。
じゅーる!
「先輩よだれ垂れてた」
寝ぼけ眼で、私が言うと、
「お前もさっき垂れてたで?」
負けじと先輩も言い返した。
二人を乗せた電車はゆっくりと、けれど確かに、大阪へ滑り込んで行った。
それが最初で最後、一度だけの二人の遠出の記憶だ。
千葉はそれより何倍も遠い場所だった。
第十九話「サヨウナラの一歩手前」 へ続く
