このお話は、私が中学生の時の恋のお話です。
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ちなみに高校時代の恋のお話は(完結済)はこちら
前回第十五話「台風の夜」はこちら
冬の海・天使のハシゴ
第十六話「『カントウ』というところへ行ってしまう。」
二学期終業式の日はクリスマスイブだった。
いつもは地味な駅前のショッピングセンターも色とりどりのライトでデコレートされ、浮き足立っている。
冬休みに入ったワクワクと、クリスマスの雰囲気に押され、私のテンションも最高潮だった。
「きれいやなー!」
「うん」
クリスマスケーキを買い込み、先輩の部屋で仲良く分け合って食べた。
「あ、そうや。これ」
彼はクローゼットから丁寧にラッピングされた大きな包みを取り出す。
「え?え?」
「プレゼント」
ぎゃー!ありがとうー!歓声をあげながら、私は包装をといた。
出てきたのは、薄いベージュのダッフルコートだった。
「うわー!これいいなーいいー!」
裏地がモコモコのボアになっているそれを私は一目で気に入った。
「よかった。こんなんいらん言われたらどうしようか思った」
「そんなん言うわけないやん!ほんま嬉しい!」
「あと・・・これ」
先輩はいつの間にか隠し持っていた明るい山吹色の小さなものを私に手渡した。
「ん?何?」
「お守り」
「へー!」
手のひらに載せてじっくり見つめる。花模様が金糸でチラチラ刺繍されていた。
「これで安藤はず~っと幸せやな」
彼は、ニコニコ笑って・いた。
「ありがとう!」
きゅっと作られた巾着型のかわいいお守り。
「悪いこととか払ってくれるで」
「えー。自分が払われたらどうしよ?」
「アホちゃうか」
テレビからもメリークリスマス!とひっきりなしに聞こえてくる。
先輩がいて、明日から冬休みで、その上クリスマス。
ぐるぐる巡る、あぁ嬉しい!あぁ楽しい!
先輩との最初で最後のクリスマスの思い出はただただキラキラしていたことを覚えている。
大晦日の前日。
家の大掃除を一日手伝っていた私は、夜になってようやく先輩に電話することができた。
公園脇のいつもの電話ボックス。
終わっていく十二月、一年。体の芯まで凍りそうな冷たい雨の夜だった。
「もしもし?安藤?」
先輩のその、安藤?という問いかける穏やかな声色が大好きだった。耳にふわり流れ込んで鼓膜を甘く震わせる響き。
「うん」
「雨やなあ。濡れてないか?」
「大丈夫。電話ボックスやから屋根も壁もあるやん」
「そうか」
「あ、先輩覚えてる?はじめて公衆電話から電話した時、雨降ってたやん」
「途中からな」
「そうやったっけ?」
「うん」
「先輩偉いなぁ、よく覚えてるなぁ」
ガラスについた小さな雨粒が他の雨粒と合わさって流れ星のように滑り落ちていく。それを指でなぞりながら、いつものようにたわいのない話をしていた。
「寒いー!早く夏にならんかなー。来年の夏は絶対海につれてってな」
私が言うと。受話器の向こう・ピンと空気が張り詰める音が聞こえた気がした。
?
あれ?
長く感じたけれど、きっと三秒か五秒?そのくらいの短い沈黙の後。
「・・・・あのな、安藤・・・俺、言わなアカンことあるねん・・・」
その瞬間、私の血が頭から足へザッと嫌な流れ方をした。
先輩の声のトーン。電話に出た時の、安藤?と訊くものとは全く種類が違うもの。
「え?なんなん?何々?」
押し寄せる不安は私を早口にさせた。
「俺な・・・高校は関東の高校に行くねん」
・・・カントウ?
私は関西から出たことがなかったので、『カントウ』と言われても全くピンと来なかった。
カントウ高校という名の高校に行くのかと真剣に思った。
「え?カントウって?」
「千葉県のな、おばあちゃん家に行く。俺が中学卒業したらうちのオトン、女と結婚するからこのマンション処分するんやて。前から決まっててん・・・。一週間くらい俺おらんようになったことあったやろ?あれも受験のついでにおばあちゃん家に泊まっててん・・・。安藤にはずっと言わなあかん言わなあかん思ってたんやけど・・・ごめん・・・」
千葉?関東?
「えー・・・嫌や・・・嫌やなぁ・・・行ったらあかんて・・・あかん!」
先輩がいなくなった時の自分を想像した。トボトボひとりで歩いていた。
夏が来ても秋になってもまた冬が来ても、私は一人で歩いていた。
鼻の奥がつんと痛くなって、視界があっという間にぼやけた。
するするガラスを伝っていく雨粒たちが、向こうに見える家々の団らんの明かりを乱反射させて滲んだ光る輪をたくさん作る。それが自分の涙でよりいっそう滲んで・視界が光でいっぱいになった。
「なんで行ってしまうん・・・なんでなん・・・ 」
「・・・ごめんな。ごめんやで・・・」
もう決まっていたことだった。あやまる先輩の低い声を聞きながら、この電話を切ればひとりに帰る先輩の姿を思った。
またひとりの部屋で音楽を聞いたりゲームをしたり本を読んだりするのだろう。
小さい頃から築き上げた彼なりの世界に帰るのだろう。
誰もいないマンションの一室でしんしん夜が深くなる音をひとり聞いていた先輩。
私からの呼び出しベルはどんな風に彼の耳に響いたのだろう。澄んでいただろうか。あたたかい音色だっただろうか。
けれど。
おばあちゃんの家に行けば。一緒に暮らせば。少なくとも『ひとり』ではなくなる。
「・・・あのな・・・おばあちゃんな、優しい?」
私はぐうぐう嗚咽しながら聞いた。
「・・・うん・・・おばあちゃんもおじいちゃんも優しいよ・・・」
先輩は言った。
「うん・・・そっかぁ・・・うん・・・」
明日やあさってだけではなくて、半年後・一年後、その先もずっと沢村先輩に会える。そう信じていた。そんな思いが水玉になって未来を瑞々しく濡らしているようだったのに。
大好きな人と夜を越えて繋がる小さな小さな箱の中、私はいつまでも涙が止まらなかった。
第十七話「鈍色の空・線路・彼・海、つづく」 へ続く
