このお話は、私が中学生の時の恋のお話です。
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ちなみに高校時代の恋のお話は(完結済)はこちら
前回第十四話「ワスレナイデ」はこちら
冬の海・天使のハシゴ
第十五話「台風の夜」
「三・四日留守にするだけやから。また電話するわ」
沢村先輩はそういい残して、どこかに行った。
「どこ行くん?!なぁなぁどこ?」
私がいくらしつこく聞いても、旅に出るだとか・ドラゴンボール探しにとか。冗談を言うだけで本当のことは絶対に言わなかった。
電話すると約束したのに、一度もかかってこなかった。
もう帰っているかもしれない、と何度も彼のマンションに電話を入れてみたけれど、プルルルと呼び出し音が鳴り続けるばかりで、日が経つにつれ、このままいなくなってしまうのではと不安が募っていった。
出発してから約一週間後。
「もしもし?安藤?」
先輩から突然電話が入った。
「うん・・・。帰ってきたん?」
「さっきな。ごめんな電話できんで」
「一回もなかった」
「ごめん。色々あって」
私はそこで、うんわかったとうなずいておけばいいものを、おかえりと一言言ってあげればいいものを。寂しく過ごしていたこと。もう帰ってこないのではないかという心配。自分ばかりが抑え切れなくて、
「なんも言わんからわからん!」
と大声を出し、電話を切っていた。
あぁアレも話したかったコレも話したかったと、すぐに後悔したけれど、その時の私はまず意地が先に立って、自分からかけなおすことはしなかった。先輩の人生から仲間はずれにされているような気がしたのだ。
「今日の夜・台風直撃しそうやで」
お母さんが心配そうに言った。
テレビのニュースでは予想進路図と中心気圧を繰り返し伝えていた。
先輩とケンカしてから二、三日経った日曜日。
台風の雲がすでに押し寄せているのか、朝なのにどんよりして夕方のような暗さだった。
わざわざ日曜日に来んでもええのに。せっかくやったら長引いて明日の学校休みならんかなー
私は不謹慎なことを真剣に願っていた。
時間が経つにつれ、風が強くなり、夕方を過ぎたあたりから雨も降り出した。
お母さんはテレビをずっとつけっぱなしにして台風情報に敏感になりながら、バタバタ動き回っている。
私は特にすることもなかったのでゴロゴロとしている間に眠ってしまった。
ビュー!
うねるような音で目が覚めた。
寝ている間にお母さんが電気を消していったのか、部屋は海の底のように青白かった。
時刻は零時前。日付が変わろうとしていた。
部屋の窓から見ると、雨が真横に殴りつけて。風が、木や電線をぐわんぐわん揺らしたりしならせたりしていた。
私は、沢村先輩を思った。
何してるんやろ・・・連絡くれてもええやん・・・
自分の事は棚に上げて。
けれど、台風の日もひとりでいるであろう彼を思うとなんだかムズムズして、両親が寝静まっているのを確認し、こっそりと家を出た。
外は別世界だった。
ゴウゴウ巻き上げるような風と雨で、必死で掴んでいた傘もあっと言う間にボキボキになった。
もうどこ方向からの雨でずぶ濡れになっているのかわからなくて、途中で傘も捨てた。傘は羽のように風に飛ばされ、瞬く間に視界から消えた。
ジーンズどころか下着にもヒヤリ雨が染み込んでくるのがわかる。
雨に打たれ続け風に吹かれ続け、妙なテンションになった私は、もっと吹けーもっと降れーとワクワクしていった。
もうすぐ先輩に会えるという嬉しさも手伝って。
あと少し。あと少しで着く!
手すりにつかまり最後の階段を上っていく。
いつも骨が折れる長い階段。二十三、二十四、無意識でブツブツ数える癖がついていた。八十段を越えると、桜の枝向こうチラチラと先輩の部屋のベランダが見えてくる。明かりは点いていた。胸が逸る。
私は残りを急いで駆け上がった。
当時その階段が全部で何段あったのかしっかりと覚えていたはずだったけれど、今はもう忘れてしまった。
マンションのホールに飛び込んだ私が歩いたあとにはポタポタ水滴が黒い染みを作り、少しの間エレベーター待ちしただけでも小さな水たまりができた。
おもらししたみたいやな
思いながらエレベーターに乗り込んだ。
ピンポーン
より一層薄暗く感じる真夜中の七階フロア。
先輩の部屋のチャイムを押しても、しばらくシーンとしていた。
雫が前髪を伝って薄暗い廊下に次々落ちた。
ん?もう寝たかな?電気点いてたけど・・・
思って、ドアに耳をくっつけ、中の様子をうかがおうとした刹那、ガン!とドアが開いた。
「うわ!あぶな!!」
私がびっくりして飛びのくと、先輩はもっとびっくりした顔で、
「何やってるん!!?」
と、濡れねずみどころかずぶ濡れねずみの私を見た。
「先輩、一人やったら台風こわいかなー思って・・・」
「・・・あほか!」
その後、私は風呂に入れられ、タオルでごっしごし拭かれ、着替えさせられながらさんざん怒られた。
あぶないやろー
こんな時間に台風の中―
先に電話しろー
怒りながらもどこか嬉しそうな先輩の顔が見ることが出来て、安心した。
私は子供ながらに先輩のそんな顔をただ見たかったのだ・と思う。
ずっとひとりで過ごす先輩の部屋を少し明るく、温かいものにしたかったのだと思う。サプライズ的に。
けれど。先輩がドアを開けた時に、先輩の肩向こうに見えた部屋の明かりが、とても明るいはずなのになんだかぼんやりと心細く見えた気がした。
「コーヒー淹れたるわ」
「寝られへんようになるやん」
「お前、帰らなあかんねんから寝たらあかん」
「あ、そうか」
納得した私に、
「靴下そこのタンスに入ってるから」
言い残すと、彼はキッチンでカップを用意しはじめた。
私は言われた通り、部屋の隅にある整理タンスの一番上の引き出しを開けてみた。
ん?
一目で靴下がそこには入っていないことがわかった。その代わり、中にはアルバムのようなものが数冊と古いゲームソフトがポツンと入っていた。
ここじゃない!という判断と、見てはいけないものを見てしまったかもという焦りで、すぐに引き出しを閉めた。
先輩のお母さんが出て行く前に、彼に買ってくれたというゲームソフトだったらどうしよう。ううんきっと違う、違うはずだ。
と、無理に思い込んで隣の引き出しを開けた。
人の生い立ちなんて、生きる寂しさなんて、つまらないエピソードだ。誰もが抱いているもの。けれど、だからこそ胸を打つ。好きな人のものならなおさら。その時の私にはわからなかったけれど。
先輩が淹れてくれた温かいコーヒーを飲んでも、押し寄せてくる睡魔には勝てなかった。
ウトウトしはじめた私を、彼は毛布でくるんでくれた。
「あ、今寝てた?」
私が回らない頭で聞くと、
「ちょっとだけな。そろそろ風も弱くなるやろうから、それまでちょっと寝とき」
と、首だけ毛布から出しミノムシのようになった私を彼は抱き寄せた。
「うん・・・」
トロトロ重いまぶたで答えると、
「ありがとうな。来てくれて。そいでごめんな、この間は」
つぶやくように彼は言った。
「・・・・うん」
その後、私は夜明け前まで眠った。
うんと若い時の恋は台風に似ている、と誰かが言った。
一気に来て、一気に過ぎ去っていくものだと。その中心・台風の目の中にいる二人は気づかないだけで、あっという間に過ぎ去っていくものだと。
沢村先輩と私もそうだったのだろうか。本当にそうだったのだろうか。
第十六話「『カントウ』という所へ行ってしまう。」 へ続く