国立のパステル作家&講師マリンカです。
昨晩ジョーナさん、ミリーさん、ゆっちょさんの
お3方が軽快なトークを繰り広げる
「ゆるゆるムーンライブショー」に
参加させていただきました!
では 学校選択のお話をさせていただいていますが
昨晩は インターでの出来事、帰国後の学校選び
のお話などを少々。
ぜひご視聴ください!
https://plus.google.com/events/c0upg8o53dtr4a20dckbhp27fno
あるいは
YouTubeからのご視聴は ↓↓↓
http://youtu.be/_GJgc21ZX7I
子どもたちがどうしてすんなりインターに行くことを
承諾したのか?
そのわけもばらしてます・笑
上海に行く前に「日本人学校にいかずインターに通わせる」
ことを知った友人で
「ずいぶん思い切った博打をうつのね」と
諌めてくださったかたもいらして。
私自身に全くその感覚がなかったので
「博打なんだろうか?」としか思っていなかったんです。
が
インターに通っている弊害が
月日が経つにつれて現れてきたのですね
人間には「誰かに認めてもらいたい。自分の想いを伝えたい」
という欲求があるのですね
それを伝えるツールの一つが「言語」なのですが
英語が話せるようになった
とはいえ こまかな描写や感情表現をできる
というところにはまだ至っていないのです
多感な思春期を上海という異国の地で
しかも 母語ではない言葉を使って学ぶ毎日
ある日 心の友としていた数少ない日本人のお友達が
急に帰国することを知った息子。
転げ落ちる石のように まっしぐらにネガテイブワールドへ。
ここから我が家の暗黒時代へと突入していきます。
學校へ行かない
え? これって 不登校ってやつ?
おろおろする私
主人は仕事が忙しくてなかなか子供の相手を
することができない状況
そんな中で お友達から借りたDSを
隠してしまった事件が発覚
(当時DSが 大人気の時代でしたが
主人の方針で 子供に買い与えていませんでした。)
さらにエスカレートして家庭内暴力。
どうしよう・・・・?
「中国で暮らす」「仕事をする」
これは想像していたよりもずっと難しいことなんだと
分かり始めました。
中国人の現地スタッフを相手にしながら
毎日疲弊していく主人
子供に対しても優しく接することが
難しくなった様でした。
だんだん主人に相談できなくなった私。
そんなある日
ベルが鳴ったので玄関を開け見ると
そこに 女性の西洋人が立っていたのです。
なんと。。。息子の担任の先生でした。
學校に来ない息子を心配して
訪ねてきてくれたのです。
とても勉強に厳しくて評判がいまいちと
聞いていたので 本当にびっくりしました。
先生「〇○君に会いたいんだけれど どこに?」
私「部屋にいます」
先生「会えますか?」
私「もちろんです」
先生は息子の部屋で 1時間ほど
ずっと話を聞いて 相談にのってくれたのです。
帰り際に
「明日から学校にくるって〇○←息子君 約束
しましたからね。 大丈夫ですよ」って。
お見送りしてから号泣しました。
一人ぼっちで絶壁に立たされてしまった
と思っていたから。
でも、ちゃんと救いの手が差し伸べられた
なんて幸福なことだろう
ありがたいことなんだろう
子どもってこうやって多くの大人に
助けられて育っていくのだなと思いました。
親の私だけでは力が及ばないことが必ずあるのですね
それは友人に助けられたり
先輩に助けられたり
先生だったり
どんな立場のひとかはわからないし
どんな立場のひとでもいいのですね。
本当に子供は多くのことを
教えてくれるんですね。
そして、息子は翌日からちゃんと学校へ行くようになりました。
続く・・・