子どもを インターに入学させたわけ | 水彩とパステルのアトリエ「マリンカ」 小泉彫ブログ

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こんばんは

国立のパステル作家&講師マリンカです。


息子がカナダに行ってしまって

早いものでそろそろ2週間になろうとしています。


こんな小さかった坊やは

いつの間にか シエ―バーで髭を剃り

運転免許も取り

選挙権ももち、年金も払わなければならない

身分になってしまいました。


カナダに到着した直後は

いろいろと不平不満もたくさんあったようです。


英語と中国語が話せるので

すぐにお友達もできて

だんだん楽しくなっているようなので

一安心です。


帰国子女は 日本に帰ってくると必ず周囲の人から


「英語話してみて」

「へ~中国にいたんだ じゃあ 中国語話してみて」


と言われます。


実はこれは 帰国子女にとって

「鬼門」だったりするんです。


なぜならば

大半の子供たちは「日本人学校」に通うからです。


日本人学校は 


「日本に帰国した時に 受け入れ先の学校に

いち早く慣れるように」

「学力がおとらないように」


という目的で作られた学校です。


なので 日本人の教師が日本語で日本のカリキュラムで

教育しているのです。


もちろん 現地の言葉や文化を学ぶ時間も

あります。


ただ それは週1回だけだったりするのです。


あとは個人的に語学を勉強するのです。


これは親の方針によって決まっていきます。


なので たとえ5年6年海外で暮らしていても

「話せる」ようになっているかどうかは

疑問が。。。。


我が家は 日本人学校の真ん前に住みながら

敢えてインターに通わせた「変人」の家庭です


<あ。。。主人が決めたのです

わたしじゃありませ~~~ん>



通わせたインターは香港系のインターだったので

英語と中国語の両方が取得できるという

超お得な学校だと思い決めました。


授業はすべて英語で行われ

中国語を英語で学ぶという

なんとも高いハードルだったのです。


 子供たちは「英語」というものを知らないまま

上海に渡りました。


当時は 英語が全く話せなくても

入学が許可されていたのです。


現在は何処のインターもテストがあって

ある程度の英語力がないと入学できないように

なったと聞いています。@上海



abc...アルファベットすら教えないままに突っ込んで

しまおうなんて なんて悪い親なんだ!



とてつもない苦労が待っている(親子ともども)

のを承知の上でインターを選んだのは


語学力をつけることができる。



変化に適応できる精神力を養う



日本人以外の人とも仲良くできる


こういう能力を身に着けてほしいと言う願いがあったのです。


(本当は日本人学校のお弁当がいやっだったなんて

口が裂けても言えない)


おそらく 日本に帰ってきてから

あるいは大人になってから

いつか役に立つ日がくるだろうとも思いました。


主人はいわゆる転勤族なので

いつなんどきどこへ飛ばされるかわからない身の上。


上海は都会なので日本人学校がありますが

広い中国のこと


赴任先にかならず日本人学校があるとは限らないのですね


それを考えると「英語」と「中国語」が話せれば

なんとか対応できると考えたんです。


結果的に 上海にどっしりと根が生えた駐在生活

だったので この心配はいらなかったのですが。


足かけ5年半 上海にいましたので

娘はインターほ小学校をまるっと卒業。


息子も小3から中2まで通うことが出来ました。


帰国する際には ちゃんと英語と中国語で理解して

会話ができる状態でしたので ホッとしました。


さらに帰国したら

せっかく取得した語学の力を失わないように

キープする必要があるんですね。


覚えるのは1年がかり

忘れるのは3か月もあれば十分!


子どもたち本当に苦労してここまで

きたのだと頭がさがります。


主人と私が子供たちに残してあげられる

人生のプレゼントはこれだったかなと思います。