昔、製薬会社かどこかのTVコマーシャルで「自然は大きなホスピタル」というコピーがありました。
今は放射能の影響で雨の日は肌が濡れないように注意しないといけませんが、かつては土砂降りの日にずぶ濡れになりながら歩くのが好きでした。
滝のような雨に打たれていますと、なんだか自然と自分とが一如となっている感じがして心が癒されたのを覚えています。
人間は元々自然と共に日々の生活を営んでおりました。「自然」という言葉を用いていちいち「客体化」する対象ではなく、その存在を特別意識することもないほどにそれは人間の暮らしを取り巻いていたのだと思います。
その意味で自然と人間は一体となって生きてきた。
雨に打たれていますと、現代人が忘れかけている(大袈裟に言えば)「太古の人間性」・「洞穴時代の感情」のようなものが蘇ってくるのでしょうか。
だから、「癒される」のでしょうか。
そうだとすれば、生命体としての原点にときどき立ち返ってゆくことは、心身の本質的健康にとってとても大切なことのようにも思えます。
ふるさと福島の美しい自然がいつか元通りになりますように。
自分の人格が形成された愛する郷土で、この一度限りの人生を全うできますように。


